夏の選抜闘技大会 一回戦②
歓声は、まだ途切れていなかった。
先ほどの激突の余韻が、闘技場の空気を震わせている。
砂煙がゆっくりと落ち、陽光が揺らめく粒子を照らす。
熱気が渦巻く。
互いに間合いを測る、静かな時間。
だが静寂ではない。
武闘家が拳を鳴らす。
骨が軋む音が、やけに大きく響いた。
アタッカーが剣を肩に担ぎ、唇の端を歪める。
「さっきは驚いたが……所詮は奇襲だ」
その背後。
淡い光膜が、貴族の子息を包んでいる。
支援術師の指先から伸びる魔力の糸が、防壁を維持していた。
見えぬ糸は、ぴんと張り詰めている。
結界は健在。
だが、完全ではない。
表面が、わずかに波打つ。
その向こうで。
アセプトの足が震えている。
砂を踏みしめる力が弱い。
呼吸が浅い。
観客はまだ気付いていない。
だが戦場に立つ者だけが知っている。
この均衡は、薄氷だ。
――そして。
ベラミカの指先に、紅蓮が灯った。
炎は小さく、だが濃い。
「行くのよ、炎。少し遊んであげなさい」
放たれた火球が一直線に武闘家へ走る。
刹那。
炎が裂けた。
裂けたのではない。
従うように、折れた。
一条は正面へ。
もう一条は蛇のように軌道を変え、子息へと迫る。
「ひえっ!」
防壁に炎がぶつかる。
轟音。
光膜が激しく揺れ、火花が四散する。
観客席がどよめいた。
だが威力は抑えられている。
焼き切る火ではない。
削る火。
迷わせる火。
支援術師の喉が鳴る。
(消耗が早い……)
汗が顎を伝う。
防御を解き、攻撃支援へ回るべきか。
強化を乗せれば押し切れる。
あの魔導士を崩せる。
だが守りを外せば――
視線がアセプトへ向く。
剣は構えている。
だが膝が震えていた。
踏み込めない。
立っているだけで限界。
その間にも戦場は動く。
武闘家の拳が唸る。
空気が裂ける。
イヴァンスは半身を滑らせるだけで躱す。
拳は空を打ち、砂が爆ぜる。
無駄がない。
追撃の蹴りも、わずかな体重移動でいなす。
反撃は浅い。
だが確実に削っている。
反対側。
アタッカーの剣閃が奔る。
速い。
重い。
だが――届かない。
刃が触れる寸前。
空間が、かすかに歪む。
見えぬ壁が押し返す。
炎の薄膜が揺らめき、剣筋を逸らす。
ベラミカは一歩も退かない。
ただ指先が、わずかに動くだけ。
攻めているはずなのに。
距離が縮まらない。
間合いが、常に半歩遠い。
(当たらない……?)
アタッカーの眉がひくつく。
主導権を握れている感覚がない。
握らせてもらえていない。
拮抗。
均衡。
どちらも決定打を欠く。
観客席から焦れたざわめき。
にらみ合いが続く。
念話。
プラーサの声が、思考へ直接届く。
鼓膜を震わせる音ではない
――脳裏に、直接流れ込んでくる感覚だ。
その瞬間、耳に装着されたイヤーパッド型魔道具
――テレパスが微かに振動する。
術式が同期し、外界の喧騒がわずかに遠のく。
意識の回路が開き、思考は澄み渡った。
《全員、聞こえるわね》
低く、静かな声。だが迷いはない。
プラーサだった。
空気が、わずかに変わる。
ベラミカの瞳が細まる。
イヴァンスがわずかに視線を上げる。
セーニャが息を呑む。
《これからフェイクを入れる》
一拍。
《今から私が声に出して指示する。“イヴァンス、ベラミカ、武闘家を攻撃”ってね》
わずかな間。
《もちろん嘘よ》
口元が、かすかに上がる気配。
《イヴァンス。あなたは武闘家に突進する“ふり”をして》
《本命はアタッカー。横から叩きなさい》
間髪入れずに続く。
《ベラミカ。武闘家を止めて。派手にやりなさい》
《炎をばら撒いて。でも当てなくていい》
《数発だけ軌道を曲げて。アタッカーの死角――背後に撃ち込むの》
《セーニャ。スピード支援のあと、アタッカーへ牽制のかまいたち》
戦場の音が戻ってくる。
全員が、無言のまま頷く。
外から見れば、ただ固まっているようにしか見えない。
アタッカーが鼻で笑った。
「どうした? 声も出ねぇか」
武闘家が拳を鳴らす。
「ビビって足止まってんじゃねぇのか?」
アタッカーが剣を構える。
「そろそろ俺たちも本気出してやるぜ」
その瞬間。
プラーサが大きく叫んだ。
「イヴァンス! ベラミカ! 武闘家を集中攻撃よ!
セーニャ、支援魔法スピード発動!」
観客席がどよめく。
武闘家がにやりと笑う。
「来るか」
――その背後。
セーニャが素早く印を結ぶ。
淡い翠光がイヴァンスの足元に走り、瞬時に術式円が展開する。
「スピード――解放」
風が巻いた。
不可視の加速術式が、一直線にイヴァンスへ絡みつく。
足元から膝へ、腰へ、背へ。
身体能力が一段、引き上げられる。
イヴァンスが地を蹴る。
石畳が弾ける。
一瞬で間合いを詰める、一直線の突進――
その背後で、ベラミカの指先が弾かれた。
「行くのよ、炎。少し遊んであげなさい」
空間に幾つもの火球が生まれる。
赤橙の魔弾が、連続して放たれた。
轟音。
爆ぜる熱波。
武闘家へ向け、雨のように降り注ぐファイア。
観客席から悲鳴にも似たどよめきが上がる。
戦場の空気が変わる。
視覚と聴覚を圧する炎と風の奔流に、互いの呼吸が乱れ、膝が揺れる。
けれど、決着はまだ先。
勝利の流れは傾き始めた。
だが、最後の一撃は、まだ誰の手にも握られてはいない
――次の瞬間、さらなる連携が待ち受けているのだ。




