夏の選抜闘技大会、開戦
夏の陽射しが、石畳を白く照らしている。
帝都闘技場の前は、すでに多くの観客で賑わっていた。
アルフォース帝国の旗がはためき、選手たちの名を記した横断幕が風に揺れる。
熱気と期待が、空気そのものを震わせている。
その一角に、帝国学園の制服をまとった四人が立っていた。
「……すごい人だね」
セーニャが小さく呟く。
その横でプラーサが腕を組み、周囲を見回す。
「当然でしょ。『夏の選抜闘技大会』よ?帝都中の注目が集まるんだから」
ベラミカは落ち着いた様子で、すでに対戦表に視線を走らせている。
そしてイヴァンスは、闘技場の巨大な門を見上げていた。
(ここが……今日の舞台か)
胸の奥が、静かに高鳴る。
「イヴァンス君」
背後から聞き慣れた、少し芝居がかった声。
振り向けば、満面の笑みを浮かべたニコラ会長が立っている。
「イヴァンス君、強力な応援を連れてきたで」
にやりと笑い、胸を張る。
「応援……?」
イヴァンスが不思議そうな表情を浮かべた、その瞬間。
会長の後ろから、ひょいと一人の少女が顔を覗かせる。
「久しぶり、イヴァンス」
聞き慣れた声。
帝都の喧騒の中で、その響きだけがやけに鮮明だった。
イヴァンスの目が大きく見開かれる。
「……クラリス?」
変わらない笑顔。
変わらない距離感。
けれど、ここは帝都の大舞台。
懐かしさと現実が、胸の奥で静かに交わる。
「元気してた?帝都で頑張ってるみたいじゃない」
少しだけからかうように笑う。
イヴァンスは思わず笑みをこぼした。
「クラリス。応援に来てくれたんだ」
「当たり前でしょ。幼馴染が大舞台に出るのに、
見に来ないわけないじゃない」
さらりと言う。
その言葉に、セーニャの肩がわずかに揺れた。
「負けたら承知しないからね」
「……手厳しいな」
「イヴァンスってあんまり緊張しないタイプだから、
大丈夫だと思ってるけどね」
くすり、と笑う。
その言い方は軽い。
けれど、どこか確信を含んでいる。
その無邪気な距離感に、セーニャのレックを抱く腕に力がこもる。
レックが不思議そうに「ぴぃ?」と顔を見上げた。
イヴァンスは気づいていない。
だがプラーサは、しっかり気づいている。
「へえ、幼馴染さんなんだ?」
「ああ、みんな紹介するよ。幼馴染のクラリス」
「ふぅん……」
意味深な視線。
プラーサはにこりと笑う。
「幼馴染、ね。ずいぶん距離が近いのね?」
「そう?」
クラリスは首を傾げる。
「昔からこんな感じだけど」
その一言に、セーニャの腕にさらにわずかな力が入る。
「ぴぃ……?」
レックが心配そうに見上げる。
セーニャははっとして、慌てて力を緩めた。
「ご、ごめんなさい。レック」
撫でる指先が、ほんの少し震えている。
イヴァンスはまったく気づいていない。
「クラリス、こっちは同じ隊の仲間だ。
セーニャ、プラーサ、ベラミカ先生」
「よろしくね」
クラリスは柔らかく微笑む。
「……よろしくお願いいたします」
セーニャは背筋を伸ばして応じる。
その声音は丁寧で、どこかよそよそしい。
クラリスはふとレックに視線を向けた。
「レック、おいで」
軽く手を差し出す。
「セーニャさん、これから大会だから一緒にいられないでしょ?」
柔らかな言い方だが、迷いはない。
「ぴ?」
レックは一度セーニャを見上げ、それからクラリスを見る。
セーニャの腕が、ほんのわずかに固まる。
だが、止めない。
レックはぱたぱたと羽を動かし、クラリスの腕へと飛んでいった。
消えた温もりに、セーニャの指先が空を掴む。
クラリスはレックを抱き直し、くすりと笑う。
「みんな頑張ってね。観客席から応援してるから」
視線はまっすぐイヴァンスへ。
ニコラ会長が満足そうに頷いた。
「ほな行こか。特等席や」
「特等席?」
プラーサが目を細める。
「応援にも格差があるのね」
「プラーサさん、敵いまへんな。みんな頑張ってや」
会長は胸を張り、クラリスと並んで歩き出す。
「ぴぃ!」
レックが小さく鳴く。
二人の背中が、人混みの向こうへと消えていく。
残されたセーニャは、静かに両手を胸の前で重ねた。
ほんのわずかに指先が震えている。
「……大丈夫?」
プラーサが覗き込む。
「はい」
即答。
けれど視線は、まだ観客席の方を向いていた。
イヴァンスはそんな空気に気づかぬまま、闘技場の門へと向き直る。
大きく息を吸い、空を仰ぐ。
高く、眩しい夏の空。
そして仲間たちへ、いつもの笑顔を向けた。
「さあ行こう!」
その声は、まっすぐで迷いがない。
次の瞬間、闘技場から湧き上がる歓声が彼らを包み込む。
――夏の選抜闘技大会、開幕。




