学園戦、国家規格!?
翌日、緊急の帝国評議会が開催された。
貴族派筆頭である宰相と、皇帝派と目されるニコラ会長の共同発案。
それだけで異例だった。
「緊急」の二文字のみを通達された評議員たちは、
理由も知らされぬまま、次々と評議室へ集まってくる。
重厚な扉が閉ざされる。
外界と遮断された瞬間、空気が一段沈んだ。
「始めよ」
皇帝の短い一言。
その声には、余計な感情がない。
ニコラが一歩、前へ出た。
「皆さん、急な招集すんませんな。
今日は私から一つ、提案がありますねん」
軽い調子。
だが、その視線は笑っていない。
「帝国学園恒例のチーム対抗戦。
今年は帝都闘技場を使うて、
大規模な闘技大会に仕立てよう思いましてな」
数名が眉をひそめる。
「その名も――『夏の選抜闘技大会』」
「……選抜?」
財務卿が反応する。
ニコラはにやりと笑う。
「なんでも、今回の対抗戦。
助っ人参戦OKになりましたやろ?
そこに冒険者ギルドの高ランクが来る思いますねん」
ざわ、と空気が揺れる。
軍務卿の目が細くなる。
「高ランク……A級まで動くか?」
「十分あり得ますわ」
軍務卿は一度、宰相の方を見た。
宰相は肩をすくめるだけで、特に何も言わない。
軍務卿は小さく鼻を鳴らした。
「……まあ、学生の大会だ。
ルールを弄らん限り、そう大きな怪我も出まい。
問題はあるまい」
ニコラは静かに頷いた。
口元に、わずかな笑みが浮かぶ。
「帝都はまだまだ娯楽が少のうおまっしゃろ。
まずは、こういう所から火を点けんと」
財務卿が食いつく。
「活気……つまり、経済効果か」
「もちろんでっせ」
指を折る。
「闘技場使用料。
特別観覧席。
商会出店。
宿泊。
滞在費。
全部、帝都に落ちる金でございます」
財務卿の目が、露骨に光る。
そして――
「皆はん。せっかくやし……
子供らの晴れ姿、見とうおまへんか?」
苦笑いを浮かべる。
宰相、外務卿、民生卿、法務卿、軍務卿――
今回の大会に出場予定の子を持つ彼らの顔は、
誰一人として明確に否定していなかった。
だが。
ニコラの表情が消えた。
「――本筋は、そこやありまへん」
声が低くなる。
「――他国の、戦力削減でおま」
一瞬の静寂。
「北に東、南。
帝国は強国に囲まれとる。
戦が起きれば、傭兵依頼は必ず飛ぶ」
視線がゆっくりと巡る。
「でもな。
冒険者がその依頼、受けへんかったら……どうなりますやろ?」
軍務卿が低く呟く。
「戦力が、空く」
「そういうことです」
ニコラは頷く。
「強制やありまへん。
ただ、“受けたくなくなる空気”を作るだけでございます」
反論は、誰の喉元にも上らなかった。
「ここまで言えば、聡明な皆さんなら十分や」
再び空気を緩める。
「人が集まれば経済が動きまっせ。
領民も潤う。
税も増える。
そないなればニコラ商会の売上も――」
にやり。
「わての懐も大儲け、ちゅうわけで」
「――うおっほん!」
皇帝の咳払い。
空気が締まる。
「……おっと、これは失礼」
頭をぽりりとかく。
「もちろん、国益あってこその商いでございます。
わて、欲張りなだけで不忠やありまへんさかい」
今度は、誰も笑わない。
皇帝だけが、ゆっくりと口元を歪めた。
「ニコラよ。
この大会、単発で終わらせる気ではあるまいな」
視線が射抜く。
「継続して開催するつもりであろう。
して――冒険者が魅力を感じるとは、具体的に何を考えておる?」
ニコラ会長は、懐から小ぶりのそろばんを取り出した。
ぱちり、と玉を弾く。
乾いた音が、玉座の間に妙に響いた。
「ほな、仕組みから説明させてもらいますわ」
細い目をにやりと細める。
「基本は、生徒一人につき助っ人三人まで」
ぱち、ぱち。
玉が弾かれるたび、計算しているのか、
ただの癖なのか分からない音が鳴る。
「せやけど、生徒側も最大三人まで組んでええ。
ただし――助っ人は最低一人は必須や」
そろばんを軽く立てて見せる。
「学生だけで危険地帯に放り込む趣味はありまへん。
安全管理は“大人の責任”ですわ」
軍務卿へ一瞬視線を投げる。
「ほんで、ここが肝や」
ぱちり、と一際強く玉を払う。
「賞金は助っ人側のみ」
場がわずかにざわつく。
ニコラは気にも留めない。
「学生は名誉と経験。
冒険者は金。
役割分担っちゅうやつですわ」
そろばんを指先で弾く。
「しかも賞金額は――Aランク級依頼に匹敵する賞金」
今度は、ゆっくり一玉ずつ弾いた。
ぱち。ぱち。ぱち。
「命張る価値がある額。
せやから、本気の連中が来る」
口元が吊り上がる。
「若い才能を青田買いするもよし。
有望株と顔つなぎするもよし。
帝都で飲み食いして金落とすもよし」
そろばんをぱたりと閉じる。
ニコラ会長は、そろばんを静かに卓へ置いた。
ぱちり、と最後の一玉を払う。
「せやからな――」
細い目が、玉座をまっすぐに射抜く。
「主催は――アルフォース帝国」
その場の空気が引き締まる。
「共催に、帝国学園。
それから、わてのニコラ商会」
一瞬の間。
「そして――冒険者ギルド」
低く、しかしはっきりと言い切った。
「国が旗を振る。
学園が若芽を出す。
商人が金を回す。
ギルドが腕を貸す」
そろばんを指でとん、と叩く。
「三位一体。誰か一人が儲ける話やあらへん」
静まり返る玉座の間。
「帝都を舞台に、若い才能を世に出す。
それを帝国の名のもとにやるんですわ」
すっと一礼する。
「これで、ただの学生大会やのうなります」
顔を上げる。
その笑みは、もはや商人のものだけではない。
「帝国の未来を見せる興行になりますわ」
沈黙。
今度は、誰も笑わない。
皇帝だけが、ゆっくりと口元を歪めた。
玉座の間に、新しい時代の音が鳴った気がした。
――その日、親たちの参観日は、国家規格となった。




