魔道具のいたずら
――そして数日後。
学園・訓練場。
結界の張られた空間に、乾いた風が吹き抜ける。
淡い魔力膜が周囲を包み込み、外部への干渉を遮断している。
足元の砂がさらりと鳴った。
「なんで俺が最初の実験台なんだよ」
イヴァンスが半ば呆れ顔で言った。
腕を回し、軽く跳ねてみせる。
いつでも動ける、という無言の主張だ。
プラーサは胸を張る。
「動きが一番激しいからよ。
テストとしては最適」
「褒められてる気がしないんだが」
「褒めてないもの」
即答だった。
ベラミカが淡々と補足する。
「耐久試験と装着安定試験を兼ねているの。
あなたが一番データが取れるわ」
「ほら、ちゃんと理由あるでしょ」
「それ俺にとって嬉しい話か?」
今回の試作品は、片耳装着型。
耳殻全体を覆う形状で、内部に双基の魔石を内蔵している。
片方は思念通信用。
もう片方は外音補正用。
固定素材には、加工処理を施したスライム由来の弾性膜を採用した。
半透明の薄膜は、触れるとわずかにひやりとする。
衝撃吸収性と自己密着性に優れ、激しい動きでも外れない。
しかも一定以上の負荷がかかると自動的に剥離する安全設計。
「……見た目、ちょっと妙じゃないか?」
イヴァンスが横目で気にする。
「戦場で鏡見る余裕あるの?」
「ないけどさ」
「じゃあ問題なし。実用第一」
プラーサは背伸びして装着位置を微調整する。
耳の形状に合わせ、角度を一度ずらし、
指先で弾性膜を軽く押し当てた。
ぴたり、と吸い付くように固定された。
「違和感は?」
「……思ったよりないな」
「でしょ?」
わずかに得意げな顔。
ベラミカが冷静に言う。
「出力は最低値から。段階的に上げるわよ」
「分かってるってば」
プラーサは自分の耳にも同型機を装着した。
深く息を吸う。
「よし。念話テストいくわよ」
次の瞬間――
(イヴァンス君、聞こえる?)
空気は動かない。
声も発していない。
それでも。
「っ!」
イヴァンスの肩がわずかに跳ねた。
目を瞬かせる。
(聞こえるよ……頭の中に直接だな)
「成功ね!」
拳を握るプラーサ。
その直後。
ほんの、ほんの一瞬。
視界がぶれる。
――光。
――断片。
――感情。
温度を伴った何かが、脳裏をかすめる。
「……は?」
プラーサの思考が止まる。
みるみる顔が赤く染まった。
ほんの一拍。
そして――
「ちょ、ちょっと! 一旦中止!!」
叫ぶように言って、自分の耳の魔道具を乱暴に外す。
ぴたりと吸着していた弾性膜が、ぺり、と音を立てて剥がれた。
数歩、後ずさる。
見てはならないものを見たような顔。
「え、どうしたんだ?」
イヴァンスが首をかしげる。
セーニャも小首を傾げる。
ベラミカだけが、鋭く目を細めた。
「……出力、上げすぎたわね?」
「ち、違う! 違わないけど違う!」
プラーサはぶんぶんと手を振る。
「私の方の出力が強すぎただけ!」
声がわずかに裏返る。
脳裏に、先ほど流れ込んだ“断片”がよみがえる。
あれは表層思念ではない。
もっと奥――
本人すら意識していない領域。
感情と記憶が、未整理のまま重なっていた。
(……知ってはならないものを、知ってしまったわ)
喉が渇く。
「は、はは……ははは……」
乾いた笑いが漏れる。
セーニャはきょとんとしている。
「そんなに強かったのですか?」
「そ、そうよ。魔石のレベルが高すぎたの。
ただそれだけ!」
早口だ。
ベラミカが腕を組む。
「だから段階を踏みなさいと言ったのよ。
同調範囲が深層域まで落ちたのね?」
「お、落ちてない!」
「動揺が分かりやすすぎるわ」
「うるさい!」
イヴァンスはまだ状況を掴めていない。
「……俺、何かまずいこと考えてたか?」
「考えてない!」
即答だった。
一瞬の沈黙。
「……即答すぎないか?」
「即答よ!」
セーニャが不思議そうに瞬きをする。
「本当に不具合ではないのですね?」
「不具合じゃない!
ちょっと出力が高すぎただけ!」
プラーサは視線を逸らす。
(知らなきゃよかった……)
胸の奥が、妙にざわつく。
怒りではない。
困惑でもない。
もっと曖昧で、落ち着かない何か。
だが。
彼女は強引に頭を振る。
「再調整する。今度は遮断層を追加するわ」
図面を広げる。
「出力半減。
同調深度を表層域に限定。
干渉防止式を二重化……」
早口で理屈を並べる声は、
徐々にいつもの調子を取り戻していった。
数刻後――
再調整を終えた魔石が、静かに安定光を放つ。
今度の接続は、滑らかだった。
(聞こえる?)
(ああ。普通だな)
感情の波は、穏やか。
表面だけをなぞるような、軽い接続。
外音も自然に補正される。
それ以上も、それ以下もない。
「……完成ね」
プラーサが小さく呟く。
双基の魔石は、安定した光を保っている。
念話も外音補正も、過不足なく機能していた。
「問題なし、ね」
ベラミカが淡々と確認する。
イヴァンスは耳の装着具を軽く叩いた。
「……さっきと変わらないんだけど?」
「わ、私の方の調節が中心だったからね!」
即座に返す。
だが視線は、ほんのわずかに逸れている。
セーニャは首を傾げたまま、二人を見比べている。
理論と実験と、少しの口論。
それだけの、いつもの時間。
けれど。
プラーサは一瞬だけ、指先を握りしめる。
(表層だけ。
それ以上は、踏み込まない)
自分に言い聞かせるように。
魔石は静かに脈動している。
新型通信魔道具は、安定稼働。
対抗戦に向けた準備は、これで整った。
――ほんの一度だけ。
触れてしまった“奥”を、胸の内に残したまま。




