魔道具作成
学園・魔道具研究室。
石造りの分厚い壁に囲まれたその部屋は、
外界の喧騒とは切り離された別世界だった。
廊下を走る足音も、遠くの訓練場の喧騒も、
ここまでは届かない。
床一面に描かれた幾何学紋様は、魔力制御のための補助陣。
棚には大小さまざまな魔石と触媒が整然と並び、
種類ごとに札が下げられている。
天井から吊るされた魔力安定灯が、淡い青白い光を落とし、
空間全体を静かに照らしていた。
その中央で――
「うーん……ここは“共鳴”じゃなくて“同調”かなぁ」
腕を組み、首を傾げながらプラーサが呟く。
指先には、無意識に回している刻印用ペン。
ベラミカは設計図から視線を上げ、静かに頷いた。
「ええ。“共鳴”を極限まで突き詰めると、
魔石以外の媒体にも波長が広がる可能性があるからね。
壁材や金属鎧に微弱反応が出たら厄介よ」
淡々とした口調だが、内容は容赦ない。
「秘匿性を重視するなら、“同調”で魔石同士のみを結ぶ方が安全。
波長を限定すれば、外部から干渉される確率も下がるわ」
「よし、決まりね」
プラーサはぱん、と手を打つ。
棚から一つ、透明度の高い魔石を取り出し、
光に透かして内部の脈動を確認する。
「セーニャ。この魔石に“思念回路”を刻んでくれる?
基礎式はこっちで組んであるから、核だけお願い」
渡された魔石を、セーニャは両手でそっと包み込む。
その仕草は、まるで壊れ物を扱うように慎重だ。
目を閉じる。
途端に、研究室の空気がわずかに張り詰めた。
低く、澄んだ詠唱が静かに紡がれる。
祈りにも似たその言葉とともに、淡い金色の光が指の隙間から滲み出した。
光は揺らがない。
一定。安定。純度が高い。
やがて魔石が、内側から灯るように輝き始める。
内部構造が組み替わり、微細な回路が形成されていく。
プラーサが息を呑む。
「……これで、どうでしょうか」
そっと差し出された魔石は、柔らかい光を保っていた。
ベラミカが即座にサーチで調べる。
「出力安定、回路誤差なし。完璧ね。
さすが私の妹だわ」
即答だった。
プラーサは少しだけ申し訳なさそうに肩をすくめた。
「ごめんね、セーニャ。
私が魔法苦手なばっかりに、封入工程お願いしちゃって」
「苦手ってレベルじゃないでしょ」
ベラミカがさらりと刺す。
「く、反論できない…」
セーニャは小さく首を振った。
「気にしないでください。
私はこういう細かい作業の方が向いていますから」
柔らかい声。
「とにかくこの魔道具を完成させないと。
チーム対抗戦のキーになるものですので」
その言葉に、三人の視線が自然と机上へ集まる。
研究室に、穏やかな静けさが戻る。
だが机の上では、確実に“新しい何か”が形になりつつあった。
「形状はどうするの、プラーサ」
ベラミカが設計図を見つめたまま問う。
プラーサは椅子をくるりと回し、天井を見上げる。
「基本は耳に掛けるタイプね。
直接、思念を頭部に伝達させる構造にするつもり」
指で自分の耳の後ろをなぞる。
「でもね、イヤーパッドみたいに耳を塞いじゃうと、
周囲の気配が鈍るでしょ。戦闘中にそれは致命的」
「視覚と聴覚は反応速度に直結するものね」
セーニャが小さく頷く。
確かに、イヴァンスの動きは激しい。
剣を振るい、転がり、壁を蹴り、
時には常識外れの体勢で踏み込む。
プラーサは苦笑した。
「それにあの真面目くん、絶対止まらないから。
怪我してても前に出るタイプだからね」
「否定はできないわね」
ベラミカがあっさり同意する。
「だから、あの動きで外れない固定方法を考えないといけないのよ」
「固定具を魔力吸着式にする?」
「それだと消費が増えるのよねぇ……。
長期戦になったら意味がない」
プラーサは机に身を乗り出し、さらさらと新たな線を描き足す。
「小型、軽量、目立たない。
でも絶対に外れない。
衝撃にも強くて、魔力効率も良い」
ペン先が止まる。
「……ほんと、形状設計が一番難しいのよね」
ベラミカが静かに呟く。
「機能よりも“運用”が問題というわけね」
「そういうことなんですよねぇ……」
プラーサは椅子の背にもたれ、天井を仰いだ。
珍しく本気で行き詰まっている様子だ。
研究室に、再び静かな思考の時間が落ちる。
安定灯の光が、わずかに揺れた。
やがて、セーニャがそっと口を開いた。
「それでしたら……いっそ耳を覆う形にして、
集音器の機能も付けてしまうのはどうでしょうか」
二人の視線が一斉に向く。
「集音?」
「はい。外音を魔石で拾い、直接鼓膜付近へ補正伝達すれば、
物理的に耳を覆っても聴覚は確保できます」
少しだけ言葉を探すように間を置き、
「むしろ通常よりも、聞こえは安定するかと」
一瞬の静寂。
次の瞬間――
「……あ」
プラーサの目が見開かれた。
椅子が勢いよく回る。
「そうか、魔石を二基構成にすればいいのか。
ひとつを思念通信用、もうひとつを集音補助用に分離する」
勢いよく図面を書き直す。
線が増え、構造が明確になっていく。
「それなら耳を完全固定しても問題なし。
戦闘中は外部音を自動調整。
爆発音で耳やられて戦闘不能、なんて間抜けも防げるし!」
「最初からそうすればよかったのよ」
ベラミカが即座に言い切る。
「単一魔石で全部やろうとするから無理が出るの。
分業は基本でしょ」
「く、ベラミカ先生には反論できないわ!
今気づいたんだからいいのよ!」
セーニャがくすっと笑う。
机の上で、刻まれた魔石がかすかに脈動する。
設計図の上に、新しい完成形が浮かび上がった。
プラーサはそれを見つめ、ゆっくりと息を吐く。
「……いける」
その声には、確かな手応えがあった。




