レックの墓参り③
帝都大聖堂。
高い天井から差し込む朝の光が、色硝子を透かして床に淡い模様を落としている。
礼拝を終えた人々が静かに出入りし、堂内は穏やかな空気に満ちていた。
微かに漂う香の匂いと、遠くで鳴る鐘の余韻が、静寂に溶け込んでいる。
その中央通路の脇で、イヴァンスは特に緊張するでもなく立っている。
手はポケット。
背筋も自然体。
周囲の荘厳な空気にも呑まれない、いつも通りの佇まいだった。
肩にはレックがちょこんと乗っていた。
「ぴ」
小さく鳴き、周囲をきょろきょろ見回している。
色硝子の光が気になるのか、首を傾げてはまた鳴く。
「落ち着きがないな」
イヴァンスが指で軽く頭を撫でる。
レックは満足そうに目を細めた。
そのとき、入り口の方から柔らかな足音が響いた。
レックの耳がぴくりと動く。
「ぴ!」
ぱた、と翼を広げたかと思うと、イヴァンスの肩から軽やかに飛び降りる。
まっすぐに向かった先――
「わっ」
両腕を差し出すセーニャの胸元へ、ちょこんと収まった。
「ぴ、ぴ!」
嬉しそうに頬をすり寄せる。
「ふふ、レック。おはようございます」
セーニャは優しく抱きしめる。
その仕草はいつもと変わらないのに、どこか柔らかい。
今日は聖衣ではない。
淡い水色のワンピースに、白いショール。
胸元には小さな銀の十字架。
髪はゆるくまとめられ、
いつもより少しだけ少女らしい雰囲気をまとっていた。
光を受けた髪が、やわらかく揺れる。
少し遅れて、プラーサがその姿に気づく。
じっと上から下まで眺め、にやりと口元を上げた。
「へぇ~……」
「な、なんですか?」
「セーニャ、ずいぶんおめかしね~?」
ぴたり、と動きが止まる。
「お、おめかしなんて……!」
耳まで真っ赤になるセーニャ。
「ち、違いますよ? 今日はその、休日ですし……失礼のないようにと……」
「墓参りに“失礼のないように”で、そのリボンはつけないと思うけど?」
「リ、リボンは関係ないですっ!」
完全にからかわれている。
イヴァンスは首をかしげた。
「そうか?」
二人が同時に振り向く。
「似合ってるけど」
あっさりと、悪意ゼロの声。
セーニャの顔が一瞬で真紅になる。
「――っ」
声にならない。
レックが「ぴぃ?」と首をかしげる。
プラーサは片手で額を押さえた。
「あなた、本当にそういうところよね」
「何がだ?」
「なんでもないわ」
セーニャは両手でレックを抱え直し、視線を泳がせる。
「……ありがとうございます」
小さな声。
イヴァンスは素直にうなずいた。
「おう」
そのやり取りを見て、プラーサは肩をすくめる。
(無自覚って、ある意味で最強よね……)
そのとき、奥の回廊から穏やかな声が響いた。
「ほう」
三人が振り向く。
白い法衣をまとった教皇が、ゆっくりと歩み寄ってくる。
足音はほとんど響かず、それでも存在感は自然と場を満たしていた。
穏やかな目が三人を順に見渡す。
「セーニャのお友達じゃな」
「きょ、教皇様」
セーニャが背筋を伸ばす。
教皇はレックに視線を落とし、ふっと微笑んだ。
「その子の墓参りかの?」
イヴァンスがうなずく。
「ああ。母さんの墓が帝都にあるって聞いて」
「うむ。良い心がけじゃ」
教皇は満足そうに目を細める。
「祈りは、亡き者のためだけにあるのではない。
生きる者の心を整えるものでもある」
セーニャは静かにうなずいた。
「はい」
教皇は三人を見回し――ふと、視線を細めた。
今日は聖女の装束ではなく、淡い色合いの私服。
控えめながら、丁寧に整えられた装い。
「……ほう」
その声音は穏やかだが、どこか柔らかい響きを含んでいる。
「どうやら、わしの言葉を覚えておったようじゃの」
セーニャの肩がぴくりと揺れた。
「え……」
教皇はゆるやかに頷く。
「先日、言うたであろう。
墓参りのあとは街で過ごすのもよい、と。
そのときは聖女の格好ではなく、私服で行くのじゃぞ……とな」
思い出した瞬間、セーニャの頬がじわりと赤くなる。
「……はい」
小さな返事。
横でプラーサが、にやりと笑う。
イヴァンスは特に気にした様子もなく、自然体のまま言った。
「似合ってるけど」
「っ……!」
今度こそ完全に視線を落とすセーニャ。
教皇はその様子を見て、くすりと喉の奥で笑った。
「うむ。よい心がけじゃ。
祈りも大事、じゃが……羽を伸ばすこともまた、大事じゃからの」
そして、柔らかく手を振る。
「行ってらっしゃい。
今日の空気は澄んでおる。良い日になるじゃろう」
少しだけ間を置いて、穏やかな声で続ける。
「墓参りの後は、ゆるりと過ごしてくるがよい。
わしが言うた通りにな」
最後の一言に、ほんの少しだけ茶目っ気を滲ませて。
「げ、猊下……ありがとうございます」
消え入りそうな声でセーニャが頭を下げる。
レックが、タイミングよく。
「ぴ」
教皇はその声に小さく笑い、
「ほれ、お前さんも守ってやるのじゃぞ」
とレックの頭を指先で軽く撫でる。
「ぴっ」
満足げな鳴き声。
教皇は背を向け、静かに奥へと戻っていった。
色硝子の光が揺れ、三人の足元に淡い影を落とす。
朝の静かな空気の中で、その一日はゆるやかに始まろうとしていた。




