レックの墓参り②
翌日の学園。
講義が始まる前の教室は、まだざわめきに満ちていた。
椅子を引く音、ページをめくる音、友人同士の笑い声が入り混じっている。
イヴァンスは自分の席を立ち、
窓際で本を開いているプラーサのもとへ向かった。
「プラーサ、ちょっといいか?」
プラーサは顔を上げ、柔らかく微笑む。
「ん? どうしたの、イヴァンス君」
「今度の休日、時間あるなら付き合ってほしいんだけど」
その言葉に、プラーサのまつ毛がわずかに揺れた。
「……ずいぶん唐突ね。何かあるの?」
イヴァンスは肩に乗っているレックを軽く撫でる。
「ああ、レックの母さんの墓参りに行こうかと思って。帝都にあるらしくてさ」
「お墓参り……」
プラーサの視線が、ちょこんと座るレックへ向けられる。
レックは「ぴ」と小さく鳴いた。
「レックって、プラーサにも懐いてるだろ。
だから、一緒に来てもらえたら嬉しいかなって思ってさ」
少しの沈黙。
教室のざわめきが、妙に遠く感じられる。
プラーサはゆっくりと本を閉じ、指先で表紙をなぞってから立ち上がった。
「……で?」
視線がすっと細くなる。
「セーニャには、もう声をかけたのかしら?」
イヴァンスは一瞬きょとんとし、それから素直にうなずく。
「ああ、昨日の晩にね。宿屋に帰る前に大聖堂に寄ったんだ。
お墓に祈りを捧げてくれるって」
「そう」
短い返事。
だがその声色には、かすかな含みがあった。
「へ~……セーニャのところには、
昨日のうちに話を持って行ったんだ。ふぅん」
視線が静かに細められる。
からかうというより、観察するような目だ。
「そりゃ、お墓に祈りを捧げてくれる人がいた方が、墓参りらしくなるだろ?」
イヴァンスはあっさりと答える。
レックが「ぴ」と小さく鳴いた。
プラーサはその様子を見て、ふっと肩の力を抜く。
「……なるほどね。順番的にも、まずは大聖堂、というわけね」
「? まあ、そうなるな」
本気で分かっていない顔。
プラーサは小さく笑った。
「別に責めているわけじゃないわ。
ただ、あなたがどう動くか、よく分かっただけ」
「何がだ?」
「なんでもないわ」
軽く髪を払う。
「まあ、いいわ。私も行く。
レックのお母さんに、ちゃんと祈りを捧げないとね」
レックは嬉しそうに翼をぱたぱたさせた。
―――
昼食の時間。
学園ラウンジの一角で、
プラーサとセーニャは向かい合って食事をとっていた。
窓から差し込む陽光が、
テーブルクロスの上に柔らかな影を落としている。
周囲では学生たちの笑い声が絶えない。
昼のラウンジは、いつも通りの穏やかな賑わいに包まれていた。
しばらく他愛ない話をしていたが、
ふと、プラーサがナイフを置いた。
「そういえばさ、セーニャ」
「なに?」
セーニャが顔を上げる。
プラーサは、わずかに口元を緩めた。
「昨日の夜、大聖堂に来客があったそうね?」
ぴくり、とセーニャの肩が揺れる。
「え、ええ……?」
「イヴァンス君」
さらりと名前を出す。
セーニャの頬が、みるみるうちに赤くなった。
「ど、どうしてそれを……」
「本人から聞いたわ。
“宿屋に帰る前に寄った”って」
「……!」
フォークを持つ手が止まる。
プラーサは楽しそうに続ける。
「ちゃんと昨日のうちに話を持っていったのね。
ずいぶん手回しがいいこと」
「そ、それは、レックのお母様のお墓参りで……
祈りを捧げてほしいと頼まれただけです!」
「ええ、ええ。そうでしょうね」
にこり、と優雅な微笑。
「でも、夜の大聖堂にわざわざ足を運ぶなんて。
よほど大事な“お願い”だったのかしら?」
「ち、違いますっ!」
セーニャは慌てて首を振る。
「本当に、墓参りの件だけです!」
「そう?
私はてっきり、もっと別の用事かと」
「べ、別ってなんですか!」
声が少し大きくなり、
周囲の視線がちらりと集まる。
はっとして、セーニャは肩をすくめ、小さくなった。
プラーサはくすりと笑う。
「冗談よ。そんなに真っ赤にならなくても」
「も~、からかわないで、プラーサ」
セーニャは頬を押さえながらうつむく。
プラーサは静かに水を一口飲んだ。
「安心なさい。
ちゃんと私も誘われているわ」
「……え?」
顔を上げるセーニャ。
「今日の朝、正式にね」
からかうように、じっとセーニャを見る。
「あら、お邪魔虫だったかしら?
二人っきりになるチャンスだったんだし」
「お、お邪魔虫って、そ、そんなことは……」
セーニャは再び顔を赤くする。
プラーサは楽しそうに肩をすくめた。
「当日はよろしくね、聖女様。
しっかり祈りを捧げて差し上げないと」
「も、もちろんです!」
真っ赤なまま力強くうなずくセーニャ。
プラーサは満足げに微笑み、静かに水の入ったコップを傾けた。
昼のラウンジには、学生たちの笑い声と食器の触れ合う音が満ちている。
どこにでもある、穏やかな学園の昼休み。
墓参りという、少しだけ特別な約束も、
このにぎやかな日常の中では小さな予定のひとつにすぎない――
……はずだった。
だが、その少し離れた席で。
偶然そこに座っていたバリンスは、
セーニャの「休日」という言葉にぴくりと反応していた。
「休日……墓参り……イヴァンスと……?」
フォークを持つ手が止まる。
視線の先には、まだ少し赤い顔のままのセーニャ。
バリンスは小さく息を吸い、妙に真剣な顔になる。
「なるほど……そういうことか」
何が“そういうこと”なのかは、本人にしか分からない。
だが次の瞬間、彼の中で何かが決まった。
(聖女様が出かけるというのなら……万一の危険があってはならない)
勝手な大義名分を胸に、彼は静かに闘志を燃やす。
こうして――
静かなはずの墓参りに、
もう一グループの、余計な同行者が加わることが内定したのだった。




