レックの墓参り①
放課後の訓練場。
グレッグ将軍は久しぶりにイヴァンスと訓練を行っていた。
イヴァンスの剣の構えを淡々と確認しながら、
舞踏会で中断していた分のリハビリも兼ねている。
少し汗をかいたところで、グレッグが声をかけた。
「そういえば、イヴァンス。
レックの母親の墓参りには行ったか?
帝都に来てからずいぶん経つだろう」
イヴァンスは剣を軽く下ろし、思い出したように口を開く。
「あっ!
皇帝様がレックのお母さんのお墓を作ってくれるって
約束してたんだ。すっかり忘れてた……」
グレッグはあきれたように目を細め、ため息をつく。
「そうか……
まあ、今度の休みあたりにでも行くといい。
場所はあとで紙に書いて渡してやろう」
イヴァンスは苦笑し、頭をかいた。
「レック、ごめんな。すっかり忘れてた。
今度の休みに、お前の母さんの墓参りに行こう」
傍らで小さな赤いドラゴン、
レックがちょこんと座り、嬉しそうに「ぴ」と鳴いた。
グレッグは肩をすくめ、剣を再び構える。
「さて、では残りの訓練も手を抜かずに行くぞ。
舞踏会の間にお前の訓練が止まっていたからな。
少しでも遅れを、今日で取り戻す」
イヴァンスは深く息を吸い、剣を握り直す。
冷たい鋼の感触が手に伝わる。
グレッグの鋭い視線を受け、自然と背筋が伸びた。
「はい!」
掛け声と共に、二人の剣がぶつかり、鋭い金属音が訓練場に響く。
イヴァンスは身をかわしつつ、反撃の構えに入る。
グレッグの一閃が風を切り、イヴァンスの肩をかすめる。
汗が額に伝い、腕の筋肉が張る。
レックは小さく尾を揺らしながら、二人の動きを目で追う。
「ぴ……」
「よし、次は左右の連続攻撃だ。回避だけでなく、反撃も意識しろ」
グレッグの声にイヴァンスはうなずき、踏み込みを強くして剣を振るう。
刃が光を受け、軌道を描くたびに、放課後の訓練場は活気に満ちていった。
訓練を終え、宿屋に戻る前。
イヴァンスは、パタパタと横を飛び回るレックに声をかけた。
「せっかくだし、セーニャとプラーサも誘うか。
人が多いほうが、やっぱり楽しいと思わないか、レック。
それに、セーニャは聖女だから、
レックの母さんに祈りを捧げるのをお願いできるしな」
レックは小さく「ぴ」と鳴き、喜ぶ仕草をしている。
学園からの帰り道、イヴァンスは大聖堂の前に差し掛かった。
「ちょっと寄っていくか、レック」
「ぴ、ぴ~~!」
セーニャに会えるのが嬉しいのか、
レックはイヴァンスの横ではしゃいでいる。
大聖堂の扉を押し開けると、
柔らかな光の中でセーニャが祭壇の前に佇んでいた。
イヴァンスは低く呼びかける。
「セーニャ」
セーニャは顔を上げ、微笑む。
「イヴァンス君、レックも一緒ね。どうしたの?」
レックはいつも通り、セーニャの胸に飛び込み、
自分の定位置のように抱えられる。
「次の休日なんだけど……時間ある?
ちょっとお願いがあってさ。
実はレックの母さんのお墓が帝都にあって、
セーニャに祈りを捧げるのをお願いしたくて」
セーニャはにこりと笑い、頷いた。
「もちろんよ。レックもきっと喜んでくれるわね?」
「ぴ、ぴ」
レックはセーニャの言葉に反応して、小さく鳴いた。
「ありがとう、セーニャ。詳しいことは明日、学校で話すよ。
場所はグレッグ将軍が教えてくれることになってるからな。
それじゃ、レック、宿屋に帰るぞ」
ちょっと名残惜しそうに尾を揺らすレックと共に、イヴァンスは大聖堂を後にした。
その様子を見ていたリカルテオン教皇が、ひょこひょことセーニャの元へやってきた。
「セーニャ、学園のお友達かな?」
「あ、猊下。はい、イヴァンス君です。
この間お話しした、貴族裁判の被告になった友達です」
「ほ~、友達かのう……ふむ、もう少しいい関係かと思ったが?」
「げ、猊下! そんなことありませんっ」
セーニャは顔を真っ赤にして、慌てて否定した。
「ほほう……そうかのう。だがな、せっかくできた友達じゃ。大切にするのじゃぞ」
「あ、あの……猊下。今度の休日なのですが、ちょっとお休みをいただきたいのですが」
「デートじゃな!」
教皇は大まじめに切り返す。
「ち、違います、猊下!」
セーニャは慌てて手を振り、言葉に詰まりながら否定した。
「先ほど横にいたドラゴンのレックのお母様の墓参りです。
そのお母様に祈りを捧げてきたいと思いまして」
「うむ、よかろう。行ってくるのじゃ。
……その後は街でデートできるように、聖女の格好じゃなく私服で行くのじゃぞ!
なんなら小遣いも持たせてやるぞ。折角のボーイフレンドとのデートじゃ。
楽しんでくるのじゃ」
大真面目に教皇が助言する。
「な、なんでそうなるのですか、猊下!」
セーニャは顔を真っ赤にし、
思わず両手を胸の前で握りしめながら、必死に抗議した。
でも胸の奥には、次の休日に控えた小さな約束――
レックのお母さんのお墓参り――
への期待が、じんわりと温かく広がっていた。
柔らかな光が祭壇を包む中、
セーニャは少し照れ笑いを浮かべながら、静かに背を伸ばした。
次に何が待っているのか――
それを考えるだけで、ほんの少し心が躍るのだった。




