舞踏会(白馬の王子の副作用)
舞踏会が終わった数日後、軍務卿の執務室。
机の上には、山。いや、山脈。
封蝋の色も香りも様々な手紙が、
押し寄せる波のように積まれていた。
軍務卿は手紙の山を前に、
「は~」
こめかみを押さえ、ため息をついた。
あきらめたような声で文官に告げる。
「グレッグ将軍とマルティア参謀を呼べ」
珍しく感情のこもった声に、文官は慌てて部屋を出て行った。
程なくして、二人が入室する。
グレッグ将軍は何事かと緊張した様子で立ちすくむ。
一方、マルティア参謀は目の前に積まれた手紙を、
不思議そうに見つめ、時折封蝋の着いた手紙を手に取ってみたりしている。
軍務卿がゆっくりと口を開く。
「とりあえず座りたまえ」
二人は、軍務卿の前に腰を下ろした。
軍務卿はゆっくりと机を指で叩く。
「……私の執務室に送られてきても迷惑なのだが」
将軍は戸惑い、唇を引き結ぶ。
「ぐ、軍務卿……この手紙の山は……」
軍務卿は軽くため息をつき、指先で手紙の山を示しながら言う。
「当然だろう。帝国随一の武功、未だ未婚、そして爵位持ちだ。
……いや、そんなことも分からんのか?」
要は――ラブレターである。
その一言で、部屋の空気が少し変わる。
封蝋された様々な手紙を手に取ってみていたマルティア参謀が、
くすりと笑った。
「グレッグ将軍、伯爵の爵位がおありですから……
第二夫人をお迎えになることも、許されておりますわよ?」
「将軍がお望みなら、
何人もの側室を作ることも可能ですのよ」
将軍は一瞬、固まる。
「ひ、姫……!」
重婚は誰でも許されるものではない。
爵位を持つ者のみ、法に基づき認められる特権。
ゆえに――“可能”ではある。
だが、グレッグの背を冷たい汗が伝った。
軍務卿はわずかに目を細める。
さらにマルティア参謀が、にこやかに声をかける。
「まあ、父である皇帝陛下は王妃さましかいらっしゃいませんけれども」
間を置き、手にした封蝋のついた手紙を
軽くもてあそぶようにしながら追い打ちをかける。
「もちろん、グレッグ将軍ならおひとりで十分ではございましょうが……
まあ、もう少し楽しめる選択肢もございますしね」
視線を軍務卿へ移し、さらに柔らかく微笑む。
「そういえば、軍務卿も奥様はお一人でしたわね」
軍務卿は肩をすくめ、苦笑する。
「私の場合、結婚してくれる相手は妻一人しかおらんかったからな。
まあ、この性格だから仕方あるまい。
今の妻と巡り合えたのは、幸運としか言いようがないだろう」
そこには虚勢も自慢もない。
ただの事実のように。
しばしの沈黙。
その視線が、ゆっくりとグレッグ将軍に向けられた。
背に、冷たい汗が伝る。
爵位があれば第二夫人は可能。
制度は許す。
だが――人格はどうか。
重い空気が室内を満たす。
そのとき。
壁際に控えていた若い文官が、必死に俯いていた。
肩がわずかに震えている。
口元を押さえ、咳払いで誤魔化そうとするが、
「ゴホッ……ゴホッ……!」
明らかに不自然だ。
ディハンの視線がゆっくりと向く。
「何か、喉にでも詰まったか」
「い、いえ……その……」
さらに震える肩。
若い文官の肩は、もはや隠しきれぬほど震えていた。
必死に俯き、唇を噛み締める。
だが――限界だった。
「しょ、小官は……っ、
少し席を外させていただきます。失礼いたします!」
一礼もそこそこに、ほとんど脱兎のごとく退室。
扉が閉まった瞬間。
廊下の向こうから、押し殺した笑い声が微かに漏れた。
室内は、再び静寂に包まれた。
ディハンが静かに呟く。
「グレッグ将軍、今後このような手紙はすべてお断りとする。
それで問題ないな?」
将軍は小さく身を正す。
「も、もちろんであります!
軍務卿の方で処分とお断りの返事をお願いしたいであります」
横で、マルティアがくすくすと笑った。
ちなみに、先ほど出ていった文官は後日、
手紙の整理役を任されることになった。
グレッグ将軍宛の縁談、茶会、個人舞踏会のお誘いを、
ひとつひとつ丁寧に断り、貴族から恨まれる役――
思わぬ後片付けを押し付けられてしまったのである。
口は禍の元。
今日も、泣きながら手紙の山と格闘しているらしい。




