舞踏会⑤
華やかな群れの間を縫うように、次の来客が近づいてきた。
堂々とした足取りで進むカイル宰相。
その横には、ややばつの悪そうな表情を浮かべるリーパル子息が控えている。
カイル宰相は少し肩をすくめながらも、
迷うことなく一歩前に出る。
「陛下、本日はご招待いただき、光栄に存じます」
その横で、リーパル子息はまるで地雷原を歩くかのような表情で、
宰相の後ろに従う。
周囲の貴族たちは、二人の一挙手一投足に小さなざわめきを漏らした。
皇帝は腕を組み、穏やかに目を細める。
「リーパルよ……若い時には誰しも失敗があるものだ。
それを糧に、どれだけ成長できるかが大事だ。
一度のつまずきでくじけるなよ」
皇帝の言葉に、リーパル子息は肩をすくめ、少しだけほっとしたような表情を見せる。
だが、隣で見ていたマルティアは、目を細めて微笑んだ。
「リーパル様……そうですわね。
運動することを、もう少しお勧めいたしますわ」
その言葉には、柔らかさの中に確かな意地悪が混ざっていた。
リーパルの顔が一瞬青ざめ、周囲からもくすくすと笑い声が漏れる。
王妃は扇で口元を隠し、くすりと笑った。
「マルティアは少々お転婆でございますから。
リーパル様には……少々手強うございますかしら。ほほ」
柔らかい声音。
だが、逃げ道はない。
皇帝は腕を組んだまま、軽く肩をすくめる。
「まあ、仕方あるまい。あれは騎士団仕込みだ」
リーパルは小さくうなだれ、
カイル宰相は少しばつが悪そうに肩をすくめる。
その間にも、マルティアはほんのりと笑みを浮かべていた。
それ以上、何も言わない。
その沈黙が、何より雄弁だった。
カイル宰相は小さく一礼し、
リーパルもまた視線を伏せたままそれに倣う。
こうして二人は、恥を胸に抱えながら、
静かに皇帝の前を辞したのであった。
ざわめきが、ゆるやかに元へ戻る。
その隙を縫うように、グレッグ将軍が一歩、位置を変える。
視線は正面――ではなく、わずかに外した先へ。
本来であれば、まずは皇帝へ拝謁するのが筋。
だが、それをしてしまえば流れは決まる。
王女を誘い、今宵の視線を一身に集めることになる。
――まだ、その時ではない。
将軍は何事もなかったかのように進路を変え、
軍務卿の立つ一角へと歩み寄った。
「閣下」
簡潔な一礼。
軍務卿はその意図を察したように、口元をゆるめる。
「律儀だな、将軍。まあよい。今宵は堅苦しい話は抜きだ」
そして、ふと隣を見やる。
「せっかくだ。プラーサと一曲どうだ」
一瞬、空気が止まる。
「……え?」
当のプラーサが目を丸くする。
「え、パパいいの? 本当に?
きゃーっ、グレッグ将軍とダンスだって! 役得~!」
止める間もなく、小さくその場でぴょんと跳ねる。
軍務卿は額に手を当て、小さくため息をつく。
「……少しは淑女らしくせんか」
「だって! 将軍だよ!? 戦場の英雄だよ!?」
隠す気などまるでない。
グレッグはわずかに目を細め、丁寧に一礼する。
「よろしければ、一曲」
「はいっ!」
即答だった。
差し出された手を、プラーサは両手で包み込むように取る。
頬は紅潮し、足取りは軽い。
やがて二人は舞踏の輪へ。
舞踏の輪へと進み出た二人を、さまざまな視線が追う。
その中で――ひときわ強く光る目があった。
リーパルである。
(ここで失敗して恥をかけ……グレッグよ)
唇の端が、わずかに吊り上がる。
だが。
次の瞬間、演奏団が奏で始めたのは
――軽やかで優美な三拍子。
少女でも踊りやすい、基礎に忠実な選曲だった。
リーパルの眉がぴくりと動く。
グレッグは一歩目から完璧だった。
力強すぎず、かといって頼りなさもない。
確実に相手を支え、導き、
プラーサの歩幅に合わせて自然にリズムを作る。
最初こそ緊張していたプラーサも、
やがてその表情をほころばせる。
一切の乱れはない。
それどころか――美しい。
戦場で鍛え上げられた体幹は、舞踏においても揺るがない。
将軍は、完璧に踊り切った。
曲が終わる。
一瞬の静寂の後、場内から自然と拍手が湧き起こった。
一方で。
リーパルの目の輝きは、いつの間にか消えていた。
(……なぜだ)
期待していた“失敗”は、どこにもない。
むしろ、評価は上がっただけ。
ざわめきは賞賛へと変わり、
視線は自然とグレッグへ集まる。
その中心で、将軍はいつもと変わらぬ無骨な表情のまま、
静かに一礼しただけだった。
誇るでもなく、照れるでもなく。
――ただ当然のように。
その態度が、なおさら人々の心を打つ。
戦場で積み上げてきた信頼は、舞踏の一曲で揺らぐものではない。
むしろ今宵、その評価は別の形で“証明”されたに過ぎなかった。
賞賛の余韻を残したまま、音楽は次第にやわらいでいく。
華やぎに包まれた夜は、ゆるやかにその幕を下ろそうとしていた。
――こうして、波紋だけを残しながら、
舞踏会は終焉へと近づいていくのだった。




