クラリスの胸の内
ストーン村に、皇帝からの勅命の書簡が届いた。
書簡を携えて現れたのは、外務卿付きの外交官ロルマである。
数名の従者を伴い、彼は村長の家を訪れた。
突然の帝都の使者の来訪に、ヘルミス村長は何事かと大慌てで彼らを迎え入れる。
各書簡の内容を確認するため、外交官たちを家の中へ招き入れると、ロルマたちは静かに席に着いた。
ほどなくしてクラリスがお茶を運んでくる。配膳が終わるのを待ち、ロルマは書簡を開いた。
落ち着いた声で、勅命の内容が読み上げられる。
ロルマによれば、野営地設営とはいえ、魔物が出現する可能性があるため、
剣技や格闘に覚えのある者を選んで参加させるよう指示があるという。
また、参加は男子に限られ、小さな子を持つ父親の参加は厳禁であるとも説明された。
表向きはドラゴン討伐隊の野営地設営であるが、
万が一怪我を負って一家が路頭に迷うような事態は避けねばならない
――それは皇帝の温情による配慮であった。
本来の目的はイヴァンスのスカウトである。
しかし、それを露骨に書簡へ記せば、
皇帝派である外務卿に感づかれる恐れがある。
そのため、このような遠回しな形を取らざるを得なかったのだ。
説明を聞き終えた村長は、しばし考え込み、
討伐隊の野営地設営については募集という形を取ることに決めた。
条件は、家族を持たぬ男子。
自然と、若い衆の中から選別することになる。
数日後、その募集にイヴァンスは名を連ねた。
それを知ったクラリスは、強い衝撃を受ける。
彼が参加したいと言い出すだろうことは、分かってはいた。
それでも、胸中は穏やかではなかった。
ある夜、クラリスは意を決してイヴァンスの家を訪ねる。
少し手元をもじもじさせ、視線も定まらない。
やっとのことで口を開く。
「えっと……イヴァンス、あの……その、ドラゴン討伐隊に参加するの?」
「なんだクラリス、心配してくれてるのか?
うれしいなぁ。母さん聞いた?
クラリスがさ、俺のこと心配して、わざわざ家まで来てくれたんだぜ」
「こら、イヴァンス。
クラリスちゃんが本気で心配してくれてるんだから、茶化すんじゃないよ」
叱られたイヴァンスは肩をすくめて黙り込んだ。
クラリスはその後の言葉が出てこず、ぐっと手を握りしめたまま俯いている。
イヴァンスは、手を差し伸べてその手を包むように握った。
そして、そのまま真っすぐに目を見つめる。
「クラリス……ありがとう。心配してくれて」
少し照れたように笑い、イヴァンスは続けた。
「『大丈夫』なんて言われても、安心できないよな。
でもさ、危ないところまで行くわけじゃない。野営地の設営だけだ」
そう言って、ほんの少しだけ胸を張る。
「それに、俺の強さは知ってるだろ?
レイカさんのところで、無事に帰ってくるよう祈っててくれよ」
イヴァンスの言葉に、クラリスはすぐには返事ができなかった。
視線が揺れ、唇がわずかに開いては閉じる。
何か言おうとして、けれど言葉にならず、喉の奥で息を詰まらせる。
指先に力がこもり、握りしめた拳が小さく震えた。
それでも、逃げるように俯くことだけはしなかった。
しばらくして、ようやく、絞り出すように声が落ちる。
「……あなたがいなくなったら、おばさん一人になっちゃうよ。
私だって……」
そこまで言って、クラリスの声はかすれ、言葉が途切れた。
「……あなたがいなくなったら、おばさん一人になっちゃうよ。
私だって……」
そこまで言って、クラリスの声は途切れた。
唇を噛みしめ、涙をこらえるように俯く。
イヴァンスは何も言わず、そっと近づき、
包み込むように、その頭を抱えるように手を回した。
クラリスの額が、イヴァンスの胸に触れる。
二人の間に、言葉はなかった。
その様子を、家の奥から静かに見つめる影があった。
イヴァンスの母は、声をかけることもなく、ただ息子の背中を見ている。
いつの間にか、その背中が自分よりも少し大きくなっていることに、
今さらのように気づきながら。
夜の静けさの中、互いの呼吸だけが、静かに響いていた。




