舞踏会④
ランジール皇帝が来客に挨拶をしているところだった。
近衛が一歩前に進み、声を張った。
「軍務卿ディハン侯爵、ご挨拶にございます」
堂々たる足取りで進み出たのは、軍務卿ディハン侯爵。
その半歩後ろには、華やかなドレスに身を包んだプラーサが控えている。
ディハンは皇帝の前で優雅に一礼した。
「陛下。本日はお招きいただき、光栄に存じます」
格式を保ちつつも、過度にへりくだらない声音。
皇帝は口元をわずかに緩めた。
「おう、ディハン。堅いな」
「公の場にございますゆえ」
即答。
そのやり取りに、周囲の貴族たちに少し緊張が走る。
皇帝は視線を横に移した。
「プラーサも来たか。
とうとう舞踏会に出られる年齢になったのだな。
今日は存分に楽しむがよい」
プラーサは裾をつまみ、丁寧に礼を取った。
「お招きありがとうございます、陛下。
本日はよろしくお願いいたします」
年相応の可憐さと、侯爵令嬢としての礼節が同居している。
だが――次の瞬間、その顔が少しだけ不満げに変わった。
「陛下、聞いてくださいませ」
ディハンの眉がぴくりと動く。
「……プラーサ」
「ラプロスおじさまがですね、イヴァンス君――
私の同級生なのですが――を訓練でコテンパンにしているのです」
皇帝の目が細くなる。
「ほう?」
プラーサは少し地団太を踏む。
「特訓と称して、まるで戦場のような扱いで……。
あんなの訓練じゃありませんよ!」
頬を膨らませるプラーサ。
ディハンが低く咳払いをする。
皇帝は一瞬だけ目を見開き――にやりと笑った。
「おお。イヴァンスはラプロスの目にかなったのか」
「……は」
ディハンは短く応じる。
「それは結構なことだ。ディハンよ、イヴァンスの将来が楽しみだな」
「御意」
即答。
プラーサだけがきょとんとした。
「え、陛下。イヴァンス君のこと、知っておられるのですか?」
「ああ。ディハンの部下が見つけてきた逸材だ。報告は受けておる」
皇帝の声音は、どこか愉快そうだった。
「でも、陛下からも少しラプロスおじさまに注意してくださいよ。
あれじゃ、イヴァンス君、壊れちゃいますよ」
真剣な訴え。
だが皇帝は腕を組み、少しだけ空を見上げる。
「ディハンよ」
「は」
「グレッグ将軍以来だな。ラプロスの“本気のしごき”は」
わずかな沈黙。
ディハンは静かに答えた。
「はい。あれから、すでに十年が経っております」
周囲の空気が、ほんの少し変わる。
皇帝は小さく笑った。
「プラーサよ、ラプロスのことは少しだけ大目に見てやってくれ。
あやつも思うところがあってのことだ。その代わり――
おぬしがイヴァンスを支えてやればよい」
プラーサは、むう、と唇を尖らせる。
「それでも……やりすぎです」
その後、少しだけ談笑が続く。
皇帝の柔らかな笑みと、プラーサの穏やかな応答が場を和ませる。
やがて軍務卿親子は礼を尽くして退席した。
次に挨拶に来たのは、ニコラ会長であった。
彼もまた子爵であるため、この舞踏会に招かれていたのだ。
「陛下、お招きおおきに。今日の舞踏会、存分に楽しませてもろうとります」
いつもの子気味よいテンポであいさつするニコラ会長。
「ところで陛下、ちょっと聞いてもええでっか?
グレッグ将軍、あないに舞踏会嫌がっとったのに。
なんぞ心変わりでもしたんでっか?
もしかして結婚でもきめはったんです?」
ニコラ会長の目がふっと光る。
「ぐ、ふ、ふ……このニコラ商会、格安で帝都のパレードまで企画させてもらいまっせ」
懐からそろばんを取り出し、計算を始める仕草。
まるで商売相手と値段交渉するかのような楽しげな顔つきに、
周囲の貴族たちは思わず目を見張った。
そこに後ろから王妃がすっと現れる。
扇で口元を隠しつつ、柔らかく注意した。
「ニコラ会長。このような場でそのような話はご遠慮ください。
陛下もちゃんとお話を止めてくださいませ」
「お、王妃様。ご機嫌よろしゅうございますな。
いや、めでたい席かと思いましてな。
ちょっとうれしゅうおもっとたんです」
「その時が来ればちゃんとお話しいたしますよ」
にこやかにくぎを刺す王妃であった。
そこにちょうど踊り終えたマルティアが、
父である皇帝の元へと近づいてきた。
「お、姫さん。ご機嫌よろしゅうございます」
ニコラ会長があいさつをする。そのあとこそっと呟く。
「姫さんもお人が悪いでんな。あないにさらし者にせんでも」
マルティアはにこりと微笑む。
「あら、会長さん。それなら私と踊られますか?」
「おお、そんな恐れ多い。
ご遠慮しときますは。ほな、お邪魔しました」
怖い人から逃げるようにニコラは退散したのだった。
やがて、華やかな群れの間を縫うように、次の来客が近づいてきた。
堂々とした足取りで進むカイル宰相。
その横には、
ややばつの悪そうな表情を浮かべるリーパル子息が控えていた。
カイル宰相は少し肩をすくめながらも、迷うことなく一歩前に出る。
「陛下、本日はご招待いただき、光栄に存じます」
その横で、
リーパル子息はまるで地雷原を歩くかのような表情で、
宰相の後ろに従う。
周囲の貴族たちは、二人の一挙手一投足に小さなざわめきを漏らす。
――こうして、舞踏会の空気は、
再び微妙な緊張感に包まれたまま、次の瞬間を待つのであった。




