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幼馴染と婚約したけど聖女も好きになったので頑張って爵位を取り、二人の女の子と結婚したい件  作者: ふくみどり
帝国学園編

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舞踏会②

王宮から発せられた一通の招待状は、

静かな湖面に落ちた小石のように、

帝都の貴族社会へ波紋を広げていった。


金の縁取り。

皇帝の紋章。

そして、格式ある文面。


春の舞踏会、開催。


名だたる公爵家、侯爵家、伯爵家――

次々と封が切られ、ざわめきが広がる。


「グレッグ将軍も出席するらしい」


その一言が、思いのほか強い響きを持った。


武の象徴。

戦場の英雄。

だが同時に――


宮廷社交から距離を置いてきた男。


「ついに出てくるのか」

「踊れるのか?」

「いや、無理だろう」


ささやきは、風に乗る。


その風を――

意図的に強めている者がいた。


宰相邸。


重厚な書斎で、リーパルは満足げに紅茶を口にしていた。


「父上、広がり始めました」


宰相は静かに頷く。


「“事実”を述べただけだ。

 グレッグ将軍が舞踏会にほとんど姿を見せてこなかったのは周知のこと」


リーパルの唇が、ゆっくりと歪む。


「ええ。私はただ――

 “将軍はダンスが不得手らしい”と心配しただけです」


心配。


その言葉に、薄く毒が滲む。


「武人は武人らしく。

 無理に社交の場へ出れば、恥をかく」


くすり、と笑う。


「伯爵位をお持ちでも、

 振る舞いが伴わねば意味はありませんからね」


宰相は椅子にもたれ、目を細めた。


「舞踏会は戦場ではない。

 だが、足を踏み外せば命取りになる」


「ええ。

 たった一度の躓きで、評価は決まる」


リーパルは立ち上がる。


「将軍が恥をかけば――

 姫殿下も、考えざるを得なくなるでしょう」


それが本音だった。


グレッグ個人への嫌悪もある。

だがそれ以上に――


“姫の隣に立つ男として相応しくない”


そう印象づけたい。


貴族社会とは、事実で動く世界ではない。


空気で動く。


そして――

空気を作る者が、勝つ。


その頃。


帝都のサロンでは、噂がさらに形を変えていた。


「将軍はダンスを知らぬらしい」

「いや、足を踏みつけられるぞ」

「姫殿下が気の毒だ」


笑い混じりの声。


まだ悪意は露骨ではない。

だが、方向は定まりつつある。


“失敗を期待する空気”


それこそが、宰相親子の狙いだった。


王城の一角。


マルティアは、その噂を耳にしていた。


扇を閉じる。


「……なるほど」


怒りはない。

焦りもない。


ただ、静かな理解。


(先に空気を作るおつもりですね)


グレッグは隣で腕を組んでいる。


「……姫。気にされるな」


低い声。

だが、その瞳には揺るがぬ闘志が宿っていた。


噂は聞こえている。

無論、届いている。


だが――


逃げるつもりはない。


マルティアは、ゆっくりと微笑む。


その笑みは穏やかで。

どこか、楽しげで。


「でしたら――」


静かに、言い放つ。


「空気ごと、書き換えてしまいましょう」


その声音には、皇帝の血が流れていた。


舞踏会は、まだ始まっていない。


だが。


戦は、すでに動いている。


王宮・私室。


重厚な扉の向こう、

皇帝ランジールは落ち着きなく室内を歩いていた。


「……うむ」


腕を組み、立ち止まり、また歩く。


その様子を、長椅子に優雅に腰掛けた王妃が眺めている。


「あなた? 何をそわそわしておられるのです」


柔らかな声。


皇帝は振り返り、むう、と唸った。


「マルティアとグレッグがな……」


言い淀む。


「ちゃんと舞踏会を乗り越えられるかと、気が気でなくてな」


王妃は瞬きをひとつ。


そして、ふっと小さく笑った。


「まあまあ」


扇で口元を隠す。


「あの“悪ガキトリオ”の一角が、ずいぶん小心になったものですね」


皇帝の眉が跳ねる。


「誰が悪ガキだ」


「あなたと、ディハン軍務卿と、ラプロス指南役。

 若い頃はずいぶん派手に暴れておいででしたでしょう?」


痛いところを突かれ、皇帝は咳払いをした。


「……いや、まあ、そのなんだ」


「はいはい」


軽く受け流す。


王妃はゆったりと立ち上がり、窓辺へ歩いた。


「あなたは心配性なのです」


振り返る。


「マルティアは、あなたの娘ですよ?」


その言葉に、皇帝はわずかに目を細めた。


「……そこが不安なのだ」


王妃はくすりと笑う。


「策を巡らせるのは、あの子の得意分野です。

 それに――」


少しだけ声を落とす。


「グレッグ将軍。あなたが次の皇帝と考えておられるお方でしょう。

 でしたら貴族派の工作で潰れるようなことはございませんわ。

 あなた自身の眼力を信じてくださいませ」


皇帝は、ゆっくりと息を吐いた。


「……ああ。確かにな」


戦場でも、政治でも。

己の目で見極めてきた。


「ならば、案じる必要はありません」


王妃は穏やかに言う。


「舞踏会は試練かもしれませんが――

 あの二人にとっては、通過点でしょう」


沈黙。


やがて皇帝は、観念したように肩をすくめた。


「マルティアを信じてやるしかないか」


王妃は、やわらかく微笑む。


「ええ。それが父というものですわ」


皇帝は窓の外へ視線を向けた。


娘は、剣よりも厄介な“舞踏”に挑んでいる。


そして、その隣には――

自ら選び、覚悟を決めた男が立っている。


「……グレッグめ」


ぽつりと呟く。


「マルティアを泣かせたら、

 戦場より恐ろしい目に遭わせてやる」


王妃がくすりと笑う。


「まあ。舞踏会より恐ろしいものが、ここに」


皇帝は小さく鼻を鳴らし、椅子に腰を下ろした。


「よい。舞台は整いつつある」


低く、しかしどこか楽しげに。


「貴族派がどう動こうと構わぬ。

 帝国の未来は、あの二人が示す」


王妃は静かに頷いた。


王宮の夜は、穏やかに更けていく。


だが――


次の舞踏会は、ただの社交ではない。


それぞれの思惑が交錯し、

空気が書き換わる一夜となる。


そしてその中心には、

若き将軍と、皇女の姿がある。


舞踏会まで――あとわずか。

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