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幼馴染と婚約したけど聖女も好きになったので頑張って爵位を取り、二人の女の子と結婚したい件  作者: ふくみどり
帝国学園編

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イヴァンスの壁③

白い天井が、ゆっくりと視界に戻ってきた。

……やけに、眩しい。


思わず、瞬きを一つ、二つ。


まぶたを開けたまま、イヴァンスはぼんやりと考える。


(……ここは……)


鼻先をくすぐる、かすかな薬草の匂い。

石ではなく、柔らかな寝台の感触。

剣を握っていたはずの右手は、

今は毛布の上に置かれていた。


イヴァンスが目を覚ましたことに気づいた瞬間、

セーニャは、堪えていたものを一気に零した。


「……よかった……本当によかった……」


声が震え、視線が合う前に、涙が頬を伝う。

慌てて袖で拭おうとするが、止まらない。


「無茶しすぎです……っ。

 もう……二度と……あんな……」


言葉にならず、嗚咽だけが漏れる。


イヴァンスは、まだ重い身体をわずかに動かし、

困ったように目を伏せた。


その様子を、少し離れた場所で、

マルティアとグレッグ将軍が静かに見守っていた。


グレッグ将軍は、ベッドに横たわるイヴァンスの顔を覗き込み、

低く、穏やかな声をかける。


「……イヴァンス君。目を覚ましたようだな」


その声に、イヴァンスはゆっくりと視線を向けた。


「ラプロス先生のことだが……

 少し、話しておかねばならんだろう」


将軍は視線を逸らし、

遠い記憶を手繰り寄せるように語り始めた。


「ラプロス先生は、帝国騎士団総指南役。

 そして――現帝国において、無敗の最強の剣士だ」


マルティアが、思わず口を挟む。


「ですが……あの時、あなたは勝ったではありませんか」


グレッグ将軍は、わずかに口元を緩め、首を振った。


「姫……あの戦いをご覧になっておられましたな」


マルティアは、静かに頷く。


「そう。あれは私が将軍になるための“試練”として、

 貴族派が無理やりねじ込んできたものだった」


――帝国最強と戦い、勝てるならば将軍として認めよう。


「分かりやすく……そして、残酷な条件だった」


グレッグ将軍は、低く息を吐く。


「私は、持てる力のすべてを叩きつけた。

 結果として……すんでのところで、

 私が勝ったと――そう“された”。」


一拍。


「だがな……」


声が、はっきりとした重みを帯びる。


「最後の最後で、勝利を譲ったのだよ。

 ラプロス先生は――」


マルティアの目が、わずかに見開かれる。


「誰が見ても分からぬように。

 剣の軌道も、間合いも、呼吸すらも……完璧にな」


静かな断言だった。


「……あの方は、それができるほどの実力を持っている」


グレッグ将軍は、しばし目を閉じ、続ける。


「私も帝国学園の出身でな。伯爵家の子息として入園した。

 剣技だけは、多少の自信があった」


懐かしむように目を細める。


「それを……見いだされたのだろう」


視線が、イヴァンスへと戻る。


「今日の君と、まったく同じだ」


その声には、確かな実感があった。


「私もな……あの道場で、徹底的に叩きのめされた。

 骨は折られず、命も奪われず……

 だが、心は何度も折られた」


「それでも――」


将軍は、静かに続ける。


「立ち続けた。意地だけでな」


苦笑が混じる。


「結果は想像通りだ。

 今の君と同じように、

 治療室で天井を見ていたよ」


その言葉が、ゆっくりとイヴァンスに落ちていく。


グレッグ将軍はそこで一度言葉を切り、

イヴァンスの顔を静かに見つめた。


「そういえば

 ラプロス先生が陛下と同級生なのは知っているか?」


イヴァンスはゆっくりと首を振った。


「いいえ……」


「帝國騎士団は、ほんの二十年前まではひどい有様でな」


グレッグは遠い過去を見るように、静かに語り出す。


「貴族の子息が箔付けのために士団長や部隊長を務める。

 実力も覚悟も伴わぬ、なまくらな騎士団だったのだ」


その言葉に、マルティアが少し険しい表情になる。


「だが、今の陛下が戴冠されてから状況は一変した。

 騎士団改革

 ――その要が、ラプロス先生を総指南役に据えることだった」


グレッグ将軍の声に、わずかな誇りが滲む。


「それからだ。

 身分ではなく、実力で剣を振るう者だけが上に立つようになった」


「今では騎士団長や各部隊長は、

 周辺諸国から名を挙げて恐れられる存在ばかりだ。

 あのシルフィスですら、相当叩き込まれておる」


小さく肩をすくめるその仕草に、

過酷な鍛錬の記憶がにじむ。


「……ラプロス先生はな」

グレッグは一拍置き、イヴァンスを見据えた。


「剣が強いだけの男ではない。

 剣の“意味”を、この帝国に叩き込んだ男だ」


「……だから、貴族派から疎まれているのですね」


「その通りです、姫」


グレッグ将軍は、苦く笑った。


「改革とは、誰かの椅子を奪う行為ですからな」


将軍は立ち上がり、外套を整える。

扉へ向かいかけて、ふと足を止めた。


「イヴァンス君」


振り返らずに告げる。


「もし……強くなりたいと思うなら、私のところに来なさい」


イヴァンスは、わずかに目を見開いた。


「ラプロス先生の講義は週に二度。

 しかも、あの方は騎士団の総指南役だ。

 学園におられぬことの方が多い」


そこで初めて、グレッグ将軍は振り返った。


その眼差しは、将軍のものではない。

かつて剣を振るった、一人の騎士のものだった。


「剣はな……

 積み重ねねば、意味を持たぬ」


「私は、学園に駐在することになった。

 時間はいくらでもある」


小さく笑う。


「君が望むなら、私が相手をしよう」


一瞬の沈黙。


「……なに、遠慮はいらん」


「私も、少しな。

 あの方に叩きのめされながら剣を振っていた頃を――

 思い出したくなっただけだ」


そう言い残し、

グレッグ将軍は治療室を後にした。


残されたイヴァンスは、天井を見つめたまま、

ゆっくりと息を吐く。


――逃げ道は、もうない。


だが。


その胸の奥に、

確かな熱が、灯っていた。

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