番外編(ランジール君のお茶会)
アルフォース城の中庭。
皇帝の護衛を任されている近衛騎士団の者も、
政務を支える文官たちも――
この場に限っては、一切の立ち入りが禁じられていた。
ここは、
ランジール皇帝の唯一の私的な時間。
学園時代、
数々の問題を起こしながらも不思議と処分を免れてきた、
ランジール皇帝、ディハン軍務卿、
そして帝国学園剣技教師ラプロス――
かつて“悪ガキトリオ”と呼ばれた三人による、
恒例のお茶会の場である。
白磁のティーカップを手に、
ランジール皇帝が楽しげに口を開いた。
「ディハンよ。
お前が酒を飲めたらなぁ……
三人で酒盛りして、もっと盛り上がれるんだが」
「体のことに文句を言われてもね、ランジール君。
こればかりは、どうしようもない」
ディハン軍務卿は、わずかに肩をすくめて苦笑する。
「まあ、良いではないか」
そう言って、
ラプロスはテーブルに並べられた皿へと目を向けた。
「お、これがスイーツ店ミューの最新作か。
――アルナミン・レアチーズケーキ」
ひと目で中身を見抜き、満足そうに頷く。
「手に入らんと有名な品だな。
……また、ニコラ会長に無理を言ったのだろう?」
「言い方がひどいな。
儂は“頼んだ”だけだ」
口を尖らせるようにして、ランジールが言う。
「それを世間では、無理難題と言うのですよ、ランジール君。
……まあ、私に気を使ってくれたことは、素直に感謝しますが」
「だろ、ディハン」
ランジールは満足そうに頷き、にやりと笑った。
「お前は甘いものには目が無いからな。
どうせお前のことだ――」
テーブルの皿へ視線を落とし、意味ありげに続ける。
「ニコラ会長に頼んで、
このアルナミン・レアチーズケーキも、すでに食しておるのだろう?」
「……」
一瞬の沈黙。
「……否定はしませんよ」
ディハンは観念したように、肩をすくめた。
軽口を叩き合う三人の様子に、
この場がどれほど特別な空間かが、否応なく伝わってくる。
ふと、ランジールが表情を引き締めた。
「――それでだ、ディハン。
貴族裁判の件、詳しく話せ」
「マルティアに聞いても、
肝心なところは教えてくれんのだ」
その言葉に、ディハンは小さくため息をついた。
「ランジール君。
それは、少し突っ走りすぎですよ」
ディハンが、やれやれと言わんばかりに肩をすくめる。
「娘とはいえ、マルティアも年頃なんです。
父親相手に、何でもかんでも話すわけではないでしょう」
「む……」
ランジールは一瞬言葉に詰まり、そして鼻を鳴らした。
「だが気になるではないか。
あの娘があれほど機嫌よく帰ってきたのは、久しぶりだぞ」
「貴族裁判って、あれか?」
唐突に割って入ったのは、ラプロスだった。
「宰相のあほ息子が、イヴァンスとドラゴンの赤ちゃんに
いちゃもん付けたっていう、あの一件か?」
興味津々といった様子だ。
何しろ、自分の授業の最中にイヴァンスが連れ出された張本人である。
「しかもだな」
ランジールは、待ってましたとばかりに身を乗り出す。
「宰相の決裁書の番号が、語呂合わせで
『ケッ、よろしく宰相』だったと聞いておるぞ」
その目は、完全にいたずらを仕掛けた子供のそれだった。
「……」
ディハンは、視線を逸らす。
「さすがディハンだな」
ラプロスが、豪快に笑う。
「そんなところまで仕込んでやったのか。
そりゃあ宰相も、苦虫を噛み潰したような顔をしてただろう」
そして、心底楽しそうに続けた。
「くそ、俺もその場にいたかったぜ」
「まあ、グレッグとマルティアの関係が進んでいなかったのでね。
次期皇帝でグレッグを超える候補はいませんから。
あんなあほに皇帝になられたら、帝国はあっという間になくなってしまいますよ」
ランジールがせかすように、身を乗り出した。
「で、事の真相はどういったものなのだ?」
「学園の訓練所の設置の経緯は、お二人ともご存じですね」
二人とも頷く。
「マルティアを管理者に据えれば、リーパルが必ずちょっかいを出すと踏んでいました」
「まあ、予定通り過ぎて、さすがに怖かったですがね。
あとは、貴族裁判に訴えた場合にその裁判を無効にする一文を、決裁書に入れただけです」
「宰相からも“監督不行き届き”の訴えがあるだろうと予想していましたので、
それを逆手に取り、グレッグ将軍を管理者として訓練所に駐在、マルティアも訓練指導官として駐在。
こうして、二人の仲が少しでも進展すればと思ったわけです。
ああ、あとイヴァンス君を心配してくれた生徒たちと近衛騎士団のメンバーの交流会も組みましたので、
今後は生徒たちと騎士団の距離も近くなるでしょう」
「それに、何か意味があるのか?」
ランジールは首をかしげる。
「私みたいに娘しかいない貴族が、婿の候補として騎士団のメンバーを選ぶ余地を作ったのです。
学園の女子生徒たちは、貴族の子息より近衛騎士団の男性の方が魅力的でしょうからね。
仕官レベルになれば学園を卒業していますので、貴族側も知識や振る舞いに文句は言えません
おそらく、娘がどうしてもと言い張れば、婿入りを了承せざるを得ない貴族が出てくると思います。
近衛騎士団はほとんどの団員が庶民出身です。
庶民出身の貴族が増えれば貴族派というものもなくなるでしょう」
「相変わらず、ディハンの考えは壮大だな。
俺みたいに剣のことしか考えられん人間とは、大違いだ」
ラプロスの笑い声に、ランジールもにやりと笑い返す。
ディハンはため息混じりに微笑み、静かにティーカップを置いた。
三人の間に流れる、穏やかでありながらも生き生きとした空気――
学園の悪ガキトリオの絆は、時を経ても変わらず、
この特別なお茶会の中で、またひとつ思い出として刻まれるのだった。




