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幼馴染と婚約したけど聖女も好きになったので頑張って爵位を取り、二人の女の子と結婚したい件  作者: ふくみどり
帝国学園編

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当然のこと

学園からの帰り道、

セーニャはそのまま屋敷へは戻らず、聖教会へと足を向けた。


白亜の大聖堂は、夕刻の光を受け、

高く伸びる柱とステンドグラスが静かに影を落としている。


――聖女としての務め。


それは祈りだけではない。


大聖堂の奥に設けられた診療所では、

すでに数名の患者が横になっていた。


「順番に診ていきますね。慌てなくて大丈夫です」


セーニャは柔らかな声でそう告げ、

一人ひとりに手をかざしていく。


淡い光が、傷を、痛みを、ゆっくりと包み込んでいった。


疲労は確かにあったが、

それ以上に――この時間は、彼女にとって自然なものだった。


やがて、診療所が落ち着きを取り戻す。


セーニャは小さく息を吐き、

そのまま大聖堂へと向かった。


高い天井。

静寂。

祈りのために整えられた空気。


――ひと区切り、つけてから帰ろう。


そう思い、祭壇の前に立った、そのとき。


「……あれ?」


少し離れた場所に、見覚えのある背中があった。


小さな影を足元に従えて。


「あれ、イヴァンス君じゃない?

 祈りに来てたの?」


声をかけると、

イヴァンスは振り返り、少し驚いたように目を瞬かせた。


「あ、セーニャ。そうだよ」


足元では、レックがちょこんと座り、

小さく「ぴ」と鳴く。


「なんか……子供のころからさ」

イヴァンスは少し照れたように笑った。

「教会って、気持ちが落ち着くんだよね。

 村の教会にも、よく通ってたんだ」


そう言って、肩をすくめる。


「信心深いのかって言われると、

 そこまででもないんだけどさ」


セーニャは小さく頷き、それから足元へ視線を落とす。


「そういえば……レックは、大丈夫なの?」


「うん。すごい回復力だよ」

イヴァンスは苦笑しながら言った。

「宿場の食堂で食事したら、この通り」


その言葉に応じるように、

レックは胸を張って――


「ぴっ」


と短く鳴いた。


「ふふ……」

セーニャは思わず微笑む。


「イヴァンス君のお家は?」


「ああ」

少し間を置いてから、イヴァンスは答えた。


「ニコラさんが、ワーラン宿場の一室を貸してくれててさ。

 そこから通ってるんだ」


さらりとした口調だったが、

その言い方に、セーニャはわずかな事情を感じ取った。


「だから、普段の食事は――」

イヴァンスは続ける。

「酒場の女将さんのルシアナさんが作ってくれてる。

 レックの様子を見てさ、

 “体力つけなきゃね”って、お肉もらったら……この通り」


視線は、元気そうなレックへ。


「よかったね。レック」


そう言って、セーニャはレックの様子を見て、ほっとしたように微笑む。

そして、ふと思い出したようにイヴァンスへ視線を向けた。


「……あ、そういえば」


少しだけ首を傾げて、くすりと笑う。


「ニコラさんって、あのニコラ商会の会長さんですよね?

 イヴァンス君って、王女殿下にも“さん付け”で話してるし……」


含みのある笑みを浮かべて、


「いったい、どんなお偉い人なんですか。ふふ」


「ああ、えっと……」


イヴァンスは少し困ったように頭をかいていた。


「俺は、いたって普通の庶民だよ。

 今までもずっと、ストーン村で生まれ育ってきただけさ」


その言い方は、取り繕うでもなく、本心からのものだった。


そして、ふと思い出したように続ける。


「そうだ、セーニャ。バリンスのことだけどさ。

 もし困ったことがあったら、いつでも言ってくれ」


イヴァンスは、当たり前のことのように言う。


「俺とレックで、

 セーニャのこと、守ってやるから」


「……」


一瞬、セーニャは言葉を失った。


予想していなかった。

けれど、どこかで――

その言葉を、待っていた自分がいたことにも気づいてしまう。


「ぴぃ」


レックが、小さく鳴く。


まるで念を押すように。

――当然だろう、と言わんばかりに。


その様子に、

セーニャは一瞬だけ息を呑み、

それから、視線をそっと逸らした。


頬に、わずかな熱が集まるのを感じる。


「……ありがとう、イヴァンス君」


声は、いつもより少しだけ小さかった。


胸の前で指を軽く重ね、

困ったように、それでも拒むことはせずに微笑む。


「そんなふうに言われると……

 なんだか、照れてしまいますね」


自分でも、なぜこんなふうに感じるのか、

うまく言葉にできないまま。


――聖女としてではなく。

誰かを導く立場でもなく。


ただ、一人の女の子として。


思いがけず差し出された気持ちを、

どう受け取ればいいのか分からないまま、

それでも、無下にはできなくて。


セーニャは、もう一度だけ、小さく頷いた。


「……でも、ありがとうございます」


その言葉に、

イヴァンスは特別な意味を感じ取ることもなく、


「ああ。困ったときは言えよ」


と、いつもの調子で軽く笑った。


それだけで、終わってしまった。


それ以上踏み込むことも、

確かめることもなく、

ただ「当然のこと」を口にしただけ。


――だからこそ。


その一言が、

どれほど無防備に、

どれほど真っ直ぐに、

人の心に触れてしまうのか。


イヴァンス自身は、

まだ何ひとつ、自覚していない。

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