レックの訓練②
一同が訓練場へ移動している途中、ベラミカがふと思い出したように口を開いた。
「レックはね。魔法の使い方自体は、そんなに難しくないと思うわよ」
一同の視線が、自然とベラミカに集まる。
「ドラゴンってね、翼で飛んでるわけじゃないの。
重力制御の魔法を、ほとんど無意識で使ってるのよ」
「え……翼で飛んでるんじゃないんですか?」
思わず声を上げたドキに、ベラミカは肩をすくめる。
「こんな小さな翼で、あの体を持ち上げられるわけないでしょ。
ドラゴンという種族が全てそうかは分からないけど……」
そう前置きしてから、ベラミカは続けた。
「だからレックも、魔法そのものが苦手なわけじゃないはずよ。
魔力操作の精度と出力量が、恐ろしいほどに備わっている種族だからね」
マルティアは腕を組み、静かに頷いた。
「なら問題は――」
「使い方を知らないだけ」
ベラミカは即答した。
「私が魔法を使うときの“感覚”を、脳にインプットすればいい。
詠唱でも理論でもなく、感覚そのものをね。……なんなら」
そう言った瞬間。
ベラミカの手のひらに、人の体ほどもある巨大な炎がともった。
揺らめく熱が、周囲の空気を歪ませる。
「ギガ級のファイアだって、普通に扱えるようになるわよ。
この魔法なら――」
炎を眺めながら、ベラミカはさらりと言う。
「――あの忌々しい息子のいる宰相の屋敷なんて、一瞬で消し飛ぶわ」
「……」
一拍の沈黙。
「ベラミカさん……目が、完全にマジです……」
ドキが、半歩後ずさりしながら引いていた。
「……その意見には同意したいけど」
マルティアは、ため息混じりに言った。
「今はそこじゃないわよ、ベラミカ」
一瞬だけ、ベラミカが不満そうに唇を尖らせる。
「ちぇ。冗談よ、冗談……」
そんなやり取りを交わしているうちに、
一行は訓練場の入口へと辿り着いた。
「さて――
じゃあ、始めましょうか」
訓練場に着くなり、ベラミカはレックを手招きした。
「いい、レック。私が魔法を使うときの感覚を、ちゃんと感じ取りなさい」
そう言って、左手をそっとレックの頭に置く。
そして右手を前に伸ばした。
次の瞬間、五つの《ファイア》が空中に生まれる。
炎はただ浮かんでいるだけではなかった。
それぞれが微妙に軌道を変えながら、標的を囲むように散開する。
――次いで、一斉に解き放たれた。
五方向から迫る炎は、まるで獲物を追い詰める蛇の群れのように、
逃げ場を塞ぎながら標的へと襲いかかり、同時に命中した。
「すっご~い。ベラミカちゃんの魔法、初めて見たけど……」
感嘆の声を上げたのはシルフィスだった。
「魔導士団長が、早く入隊しろって騒ぐのも納得だわ」
「ひゅ~……」
少し離れたところで、ドキが口笛混じりに呟く。
「一対一だったら、相当きついな。この攻撃は」
レックは、先ほど頭に流れ込んできた“感覚”を必死に掴もうとしていた。
炎を生み出す流れ。
魔力を押し出すのではなく、包み、形を与え、導く――。
小さな前脚を前に出した、その瞬間。
「……ぴ」
空気が揺らぎ、淡い火花が一つ、ふわりと生まれる。
それは一瞬、ベラミカの炎とよく似た動きを見せた。
「……ぴ、ぴぃ」
次の瞬間。
火花が増え、三つに分かれ、互いに引き合うように歪んだ。
――まずい。
誰かがそう思うより早く。
ボンッ!
小さな爆発音とともに、炎が暴れ散り、訓練場の地面を焦がす。
「……ぴぃぃ!?」
レックは驚いたように跳ね、翼をばたつかせる。
焦げた地面を前に、首をかしげて固まった。
ベラミカは一瞬目を見開き――すぐに、楽しそうに笑った。
「うん。
今のは“いい感じにできてた”わね」
周囲がざわつく。
「さあ、レック。どんどんファイアを出してみてね」
にこやかに告げるマルティアの声とは裏腹に、訓練場の空気が一段重くなった。
レックは一瞬きょとんとしたあと、
「……ぴ」
前脚を突き出す。
ぽん、と小さな火球が一つ生まれ、すぐに地面で弾けた。
「はい、次」
間髪入れずにマルティア。
「……ぴ、ぴ」
二つ目。
今度は少し大きい。狙いも、さっきよりマシだ。
「いいわね。じゃあ休まず次」
レックが首を振る暇もない。
「……ぴっ!」
三つ。
火球同士がぶつかり、また小さな爆発。
「暴発しても気にしない。止めない」
マルティアは淡々と告げる。
シルフィスが思わず声を落とす。
「ちょ、ちょっと……赤ちゃんドラゴン相手に、このペース?」
「今が一番吸収がいいのよ」
ベラミカが肩をすくめる。
「感覚が抜ける前に、叩き込む」
「……ぴぃ……」
レックの鳴き声が、少し掠れてきた。
それでも。
「次」
逃げ場はない。
「……ぴっ、ぴぃ!」
今度は火球が四つ。
一つは的に命中し、二つは地面を焦がし、最後の一つは天井近くまで跳ね上がった。
訓練場の防御結界が、びり、と嫌な音を立てる。
「……お?」
ドキが顔を引きつらせる。
「これ、下手すると――」
「壊れるわね」
あっさり言い切るマルティア。
「だから?」
次の瞬間。
「……ぴぃぃ!」
レックが反射的に魔力を吐き出す。
ドンッ!
先ほどより明らかに大きな火柱が立ち上がり、的を丸ごと吹き飛ばした。
「レック、休みはないわよ。どんどんファイア撃つ!」
マルティアは、完全に指揮官の目になっていた。
震える脚で踏みとどまり、レックは必死に魔力を絞り出す。
火球は二つ、三つと増えかけては乱れ、
暴発して地面を抉り、結界を震わせる。
「……ぴ……ぴぃ……」
完全に涙目だ。
それでも、マルティアは止めない。
「いいわ、そのまま続けて。
出せなくなるまで、出しなさい」
その声に、容赦も迷いもなかった。
「……ほんと、容赦ないわね」
シルフィスが苦笑する。
「ま、でもこれが一番早く覚えるのよ」
ベラミカはそう言って、レックから目を離さなかった。
「泣きながらでも、身体が覚え始めてる。
可愛いじゃない。鍛えがいがあるわ」
レックは震える脚で立ったまま、
「……ぴっ!」
また一つ、火球を放つ。
その軌道はまだ歪んでいる。
だが確かに、意思を持った発動だった。
訓練場に張りつめた緊張と、焦げた空気の中で――
レックの過酷な訓練は、なおも続いていく。




