レックの訓練①
学園の訓練場には、普段とは明らかに異なる空気が張りつめていた。
本来は生徒たちが基礎訓練に使用する場所だが、
この日は近衛騎士団による対魔法訓練のため、
複数の結界が張られ、関係者以外の立ち入りは厳しく制限されている。
学園という名を借りた空間でありながら、
そこに漂っているのは、すでに“実戦”を前提とした緊張感だった。
結界の向こうに立つだけで、生徒が立ち入る場所ではないと分かる。
イヴァンスは授業中だ。
この訓練に立ち会うことは許されていない。
授業が始まる前、レックはマルティアに預けられ、
そのまま訓練場へと連れて来られていた。
まずは訓練内容を見極めるため、
近衛騎士団の部隊長であるシルフィスと、
団員のドキがマルティアに同行している。
マルティアは小さなレックに視線を落とし、穏やかに声をかけた。
「レック、あの標的にファイアを当ててみて」
レックは短く鳴く。
「ぴ」
次の瞬間、小さな口元から放たれた火球が一直線に飛ぶ。
迷いのない軌道で標的に命中し、表面を焦がした。
「……ほう」
ドキが小さく息を漏らす。
「へえ、レックちゃん。初めてにしては上出来じゃない」
シルフィスは余裕の笑みを浮かべたまま、軽く肩をすくめた。
「じゃあ、次は連続でお願いしましょうか」
マルティアも頷き、声を続ける。
「そうね、レック。できる限り連続でファイアを撃ってみて。全部、あの標的に向けて」
レックはもう一度、小さく鳴いた。
「……ぴ」
そして――再び火が生まれる。
連続のファイアは威力こそ十分だが、間隔が開いてしまう。
「この程度の連続ファイアなら、正直、近衛騎士団相手だと遊びよね〜。
一発ずつ見てから対処できるもの。
五発くらい同時に来て、なおかつ指向性がないと、訓練にならないわ」
シルフィスが指摘する。
「一発あたりの威力自体は、魔導士団の一般隊員と同等か、それ以上ですけどね」
ドキが感想を述べる。
「……やっぱり、もう一段階ほしいわね」
訓練場での簡易検証を終えたあと、マルティアは小さく息をつき、考え込む。
「そういえば、学園にはベラミカがいたわね。
ちょっと相談してみましょう」
ベラミカは学園の魔術教師で、マルティアの同級生にあたり、セーニャの姉でもある。
魔導士団の戦力が上がることを毛嫌いした貴族派たちによって、
学園卒業と同時に教師の座に押し込められたのだった。
普段は授業のない時間、魔道具研究室にこもっている。
生徒はまず足を踏み入れないその研究室の前で、マルティアは足を止めた。
「……ここね」
扉の向こうから、低く唸るような魔力の脈動が漏れている。
結界。しかも学園標準より一段階強い。
「相変わらず物騒な魔力ねぇ。
研究っていうより、国家転覆準備室って感じ♡」
肩をすくめるシルフィスに、ドキが苦笑する。
「ベラミカは、研究と実用の境界線が存在しないからね……」
マルティアが扉をノックすると、即座に結界が解かれた。
「どうぞ。――あら、今日は随分と顔ぶれが豪華じゃない」
迎えたのはベラミカだった。
白衣の袖を無造作にまくり、机の上には複数の魔術陣と魔石の結晶。
見るからに“危ない”研究の最中である。
「ベラミカ、お久しぶり。元気にしてた?
今日はちょっと相談があるんだけど」
「王女様が珍しいわね。いいわよ、まずは中に入って」
三人と一匹は研究室に足を踏み入れた。
「実はね、この子の魔法の訓練をお願いしたいの」
マルティアはそう前置きし、足元の小さな存在に視線を落とした。
「ぴぃ」
「レックって言うドラゴンの赤ちゃんなんだけどね。
近衛騎士団の対魔法訓練用に魔法攻撃役をさせたいの。
でも、ファイアが一発ずつしか撃てないし、指向性もなくて直線のみなの。
何とか5発同時に撃てて、しかも魔法自体に指向性を持たせられるといいんだけど」
「ふ~ん、こんな感じ?」
ベラミカは笑みを浮かべ、右手の指5本にそれぞれファイアの炎を作ってみせた。
「相変わらずね、ベラミカ。あなたのような天才を教師にしておくのもったいないわ。
魔導士団長のセラフィスさんも常々言ってるのよ。早く入隊させたいって」
「まあ、そこは仕方ないわね。まずはレックのことを調べるわ」
「レック、ちょっとおいで」
近寄ってきたレックの頭に手を当てると、ベラミカは魔法属性などをサーチし始めた。
相手の魔力や魔術力が、サーチによって即座に分かるのだ。
「魔力は無尽蔵ね。人間はどんなに頑張っても300程度だけど、
レックは底が見えないわ。さすが伝説のドラゴンってところね。
ほぼファイアレベルなら、無限に攻撃できるわよ。
でもね、この子、魔術力が低いの。
まあ、鍛えさえすればいいのよ。鍛えさえ、す・れ・ば・ね」
ベラミカの目は完全に研究者の目に変わり、興味津々でレックを見つめる。
レックは少し悪寒を感じたのか、怖そうに「ぴぃ・・・」と鳴いた。
一通りレックの魔力と魔術力をサーチし終えたベラミカは、満足そうに頷いた。
「なるほどね。よし、じゃあ次はさっきの訓練場に行きましょう」
レックは少し身構えたが、マルティアに促されてベラミカの後ろをついていく。
その先には――想像を絶する地獄の訓練が待っていたのだ。




