帝国学園入学式②
重厚な扉が閉まる音が、
学園の喧騒を完全に遮断した。
レンミルの園長室に、
イヴァンスとレックが通されていた。
レンミルは、困ったように小さくため息をつく。
「イヴァンス君。
こうして顔を合わせるのは、去年レックの報告に来た時以来だね」
その視線が、足元のレックへと一瞬だけ落ちる。
「あの時は、君は研究員の立場だったか……」
レンミルは言葉を切り、指を組んだ。
「さて。
まず聞こうか」
「入学式の直後、他の生徒たちと、何やら揉めていたようだが?」
「……いったい、何があったのかね?」
「……多分、貴族の子息だと思います」
イヴァンスは、少し言葉を探すように間を置いてから続けた。
「四人組の男子が、セーニャに」
「『庶民には、ちゃんと“礼儀”ってもんを教えてやらないとな』って」
その時の光景を思い出したのか、眉をひそめる。
「……正直、いい気はしませんでした」
「皇帝陛下も言ってたじゃないですか。
家名は関係ないって」
「だから、その……」
「少し、感情的になりました」
「それで――」
「レックが、唸った理由は?」
「……多分」
イヴァンスは一瞬、言葉を選ぶように視線を落とした。
「俺が、不快に思ったのを……
感情を強く出したのを、レックが察したんだと思います」
少し間を置き、続ける。
「以前、レックがファイアを放った時と、同じ気配でした」
「あの時と同じ――
“放つ直前”の、あの感じです」
レンミルの指先が、わずかに止まる。
「あのままだったら――」
イヴァンスは、はっきりと言い切った。
「多分、ファイアを放っていたと思います」
「だから、慌てて止めました」
「……なるほど」
「つまり君は、
“唸ったから止めた”のではなく――
“唸る前に危険を察して止めた”というわけだね」
「……はい」
短く、だが迷いのない返答だった。
「それで――
レックは、君の言うことならちゃんと聞き分けるのかね?」
「……おそらく。
あとは、ストーン村のクラリスと……俺の母なら」
その名を聞いた瞬間、
レンミルの脳裏に、ある光景がよみがえった。
――玉座の間。
皇帝と評議会を前にして、
臆することなく言い切った、少年の声。
『騎士団で強くなって、――好きな子を守りたいんだ』
『クラリスって子なんだ。村長さんの娘なんだ』
(……確か、あの時の謁見の――
まったく、あの場でよく言ったものだ)
口元が、わずかに緩みかける。
「……コホン」
レンミルは咳払いで感情を押し戻し、
何事もなかったかのように表情を整えた。
「ふむ。
君とレックの関係性については、理解した」
「レックはレッドドラゴンの子供だ。
その扱いを、私一人の一存で決めるのは難しいだろう」
一度言葉を切り、レンミルは一人と一匹を見据える。
「だが――学園へ連れてくることは許可しよう。
今後どうするかについては、追って連絡する」
そして、いつもの園長としての穏やかな声に戻った。
「それでは今日はこれで帰ってもらってよい。
明日からの学園生活、励むのだぞ」
園長室を出ると、廊下でセーニャとプラーサが、
どこか落ち着かない様子で待っていた。
扉が静かに閉まる。
廊下に出た瞬間、待っていた二人の視線が一斉に向けられた。
「イヴァンス!」
ほっとしたように声を上げたのはプラーサだった。
早足で近づくと、顔を覗き込む。
「大丈夫? 怒られてない?
まさか停学とか言われてないよね?」
「いきなりそれかよ……」
イヴァンスは苦笑して首を振る。
「違うって。ちゃんと話は聞いてもらえた」
「ふぅ……」
プラーサは大げさに胸をなで下ろした。
その横で、セーニャは一歩遅れて立っていた。
何か言いたそうに唇を開きかけて、
結局、言葉を飲み込む。
視線は、イヴァンスの表情を確かめるように何度も行き来していた。
「ほらほら、立ち話はここまで!」
プラーサが、ぱん、と手を打つ。
「緊張した後なんだから、お茶にしよ。
入学式も終わったんだし、今日の予定はもう何もないでしょ?」
「あ、確かにそうだな」
「でしょ?
こういう時は甘いものと温かい飲み物、決まり!」
有無を言わせぬ調子で背中を押され、
イヴァンスは半ば引きずられるように廊下を歩き出す。
セーニャは、少しほっとした表情でその後ろについてきた。
――無事だった。
それだけが分かって、ようやく息をついたように。
ラウンジに入ると、柔らかな空気が三人を包んだ。
「よし、ここなら落ち着いて話せるね」
プラーサが席を選び、
セーニャはそっと椅子を引く。
そこでようやく、三人は腰を下ろした。
学園内のラウンジ。
午後の光が差し込む中、三人は小さな円卓を囲んでいた。
「さっきの四人だけど……」
プラーサがカップを置きながら口を開く。
名の通った貴族家の子息たちであること。
家同士の力関係や、親が属する派閥――
彼女は淡々と補足していく。
「……やっぱり、そういう連中か」
イヴァンスは曖昧に頷いた。
だが、首をひねる。
「なんかさ、あの四人。
どっかで見たことある気がするんだよな……」
「イヴァンス君が会えるような人たちじゃないよ。
気のせいじゃない?」
プラーサは、くすりと笑った。
レックはとことことセーニャに近づき、
ちょん、と膝の上に乗っかる。
「あらレック、どうしたの?」
その膝の上で、レックは我が物顔で丸くなり、
満足そうに喉を鳴らしていた。
「おい、レック」
イヴァンスが睨む。
「お前も、今回の騒動の一員なんだぞ」
レックは聞こえなかったかのように、
セーニャの腕に顔を埋めた。
「……こいつ」
イヴァンスは、小さくため息をつく。
その様子を、少し離れた陰から一人の男子が見ていた。
こぶしを強く握りしめ、
「くそ……俺が最初に声をかけたのに……」
低く、吐き捨てるように呟く。
こうして――
帝国学園の入学式は、
無事……なのかどうかはともかく、
ひとまず幕を下ろしたのだった。




