帝国学園入学式①
帝都の空に、学園の鐘の音が響いた。
入学式当日の朝だった。
イヴァンス、セーニャ、プラーサは、
校門の前で顔を揃え、講堂へと足を向けた。
校門の向こうには、すでに多くの新入生が集まっている。
教壇の前に、新入生たちが整列していた。
ざわめきの奥で、ひときわ視線を集める一団がある。
それが、イヴァンスたちだった。
横手から、貴族派と思しき子息たち四人が、
歩調を合わせるように近づいてきた。
「……あの子、見ない顔だな」
「家名は? 名簿にあったか?」
「いや、なかったはずだ。となると……」
含み笑いが、低く落ちる。
「平民か。なら、後で“教えてやる”必要があるな。
この学園での立ち位置ってやつを、な」
その瞬間。
セーニャの足元で、
レックの喉奥から、低く押し殺した唸りが漏れた。
空気が、わずかに震える。
イヴァンスが、何も言わずにレックの首元に手を置く。
それだけで、唸りは押し殺された。
だが――
貴族派の一人が、ぴたりと足を止めた。
「……今の、感じたか?」
貴族派の子息の一人が、低く息を吐いた。
視線が、無意識に講堂の奥を探る。
その瞬間。
「入学生の皆さん。これより、入学式を執り行います。静粛に」
学術卿であり、学園長でもあるレンミルの一声で、
ざわついていた講堂は、一瞬にして静まり返った。
レンミルから、来賓として皇帝が臨席していることが告げられた。
講堂に、どよめきが走る。
皇帝は教壇の前へと進み出ると、静かにその場に立った。
それだけで、空気が張り詰める。
「入学生諸君。
本日は入学おめでとう。
帝国学園の一員として、歓迎しよう。
本学園は、家名ではなく力と成果で道を拓く場だ。
今年は、随分と多彩な顔ぶれが揃ったようだな。
私は楽しみにしている。
その才能が、どこまで学園を揺らすのかをな」
祝辞が続く中、前列の一角で、四人の貴族子息が小声で顔を寄せ合っていた。
「なあ、終わったら、あの子に声かけるぞ」
「どの子だよ」
「ほら、あそこだ。茶色の髪の」
「……誰が行く?」
「俺でいいか?」
「どうせ庶民だろ」
「家名も後ろ盾もないなら、誰かが面倒を見てやらないとな」
「……俺が“導いてやる”役ってわけだ。ありがたく思えよ」
くぐもった笑い声が、祝辞の合間に紛れ込む。
その瞬間、皇帝が一瞬だけ、そちらへ鋭い視線を投げた。
四人の貴族子息は、ぴたりと私語を止め、
何事もなかったかのように前を向いた。
皇帝の視線が戻るのとほぼ同時に、
内容が聞こえていたイヴァンスは、
そちらを一瞬だけ振り返っていた。
入学式が終わると、四人の貴族子息がセーニャを呼び止めた。
「おい、そこの茶色髪の」
「名前、なんて言うんだ?」
突然声を掛けられ、セーニャは一瞬、戸惑ったように立ち止まる。
その横から、プラーサが一歩前に出た。
「……あなたたち、貴族派の子息ね」
「入学初日から、ずいぶん品のない真似をするのね」
「いきなり、何の用?」
「勝手に皇帝派とか名乗ってる連中の娘は黙ってろ」
「ここはな、貴族のための学園だ」
「庶民には、ちゃんと“礼儀”ってもんを教えてやらないとな」
そんなやり取りを聞いていたイヴァンスが、口を開いた。
「ちょっと待てよ」
「さっきの皇帝様の話、聞いてなかったのか?」
「家名は関係ないって言ってたよな」
「それって、貴族でも庶民でも関係なく、頑張れって意味じゃないのか?」
場の空気が、わずかに軋んだ。
その瞬間――
レックの喉奥から、低い唸り声が漏れる。
不快感を覚えたのだと、イヴァンスには分かった。
――まずい。
これは、止めないといけない。
討伐隊で対峙したとき、
ファイアを吐く直前の、あの気配。
イヴァンスは反射的にレックの首元へ手を伸ばした。
「……大丈夫だ。抑えろ」
短く、しかしはっきりと制する。
唸りは、ぎりぎりのところで飲み込まれた。
「……ちっ」
「おい、行くぞ」
貴族派の子息の一人――宰相の子息が、短く吐き捨てるように言い、
他の三人を促してその場を離れていった。
残された空気が、わずかに重くなる。
その中で、レンミルがイヴァンスへと視線を向けた。
「……イヴァンス君」
「そういえば、レックの研究報告を、まだ聞いていなかったね」
一拍置き、穏やかな声で続ける。
「このまま、園長室まで来てもらえるかな?」
「……は、はい……園長先生」
少し気まずい空気を感じながらも、
イヴァンスは逆らうことなく、レンミルの後を追った。
レックも、何度か周囲を警戒するように視線を巡らせたあと、
イヴァンスの足元に寄り添い、その背を追っていく。
残されたセーニャとプラーサは、
その様子を、しばらく言葉もなく見送っていた。
「……行っちゃったわね」
ぽつりと漏らしたセーニャの声に、
プラーサは小さく息を吐く。
「ええ。どうやら――」
「入学初日から、面倒なことに巻き込まれたみたい」
二人の視線の先には、
講堂の奥へと消えていく、イヴァンスとレックの背中があった。




