豊作と呼ばれた年
帝国評議会の会議室。
本日の議題は、帝国学園の入試結果についてであった。
担当のレンミル学術卿が、手元の書類を確認しながら、今年の試験結果を淡々と報告している。
「陛下。
今回の入試は、近年まれに見る“豊作”の年でございます」
一同の視線が集まる中、学術卿は続けた。
「まず筆記試験ですが――満点の受験者が出ました。
名はプラーサ。女子生徒でして……ええと……」
わざとらしく書類をめくり、
「そうそう。軍務卿のご息女でしたな」
「はい。本日の午前中に、入学手続きも無事終了しております」
ディハン軍務卿は、感情のこもらぬ声で即座に答えた。
「ほぉ。あのおてんば娘が、のう?
軍務卿、いずれは自分の部下にでもするつもりか?」
皇帝がからかうように笑みを浮かべる。
だが――
「公私混同は致しません。
実力があれば起用する。それだけのことです」
軍務卿は、そっけなく言い切った。
「次に、魔力検査の結果ですな」
学術卿は再び書類に目を落とす。
「セーニャという受験生で……おお、これはこれは。
聖教会の聖女ですな。
測定された魔力量は――三二〇」
その数字が告げられた瞬間、
軍務卿を除く評議会の面々が、どよめきを隠せずに息を呑んだ。
「……その数値であれば、すでに魔導士団の上位五名に食い込むではないか」
カイル宰相が、思わず声を上げる。
「最後に、剣技試験――模擬戦についてです」
学術卿は、ほんの一瞬だけ間を置いた。
「イヴァンス研究員。
一応、私の部下になりますな。
近衛騎士団部隊長、シルフィスと引き分けたとのことです」
再び、場が静まる。
「もっとも――」
学術卿は、わずかに口角を上げ、
「その模擬戦を見て“怖くなった”受験生が多数おりまして。
辞退者が、ずいぶん出たそうですがな」
その視線が、さりげなく貴族派の席をなぞる。
――辞退者の中には、
宰相、外務卿、法務卿、民生卿。
四名の子息が含まれていた。
その瞬間。
「く……」
沈黙を破るように、
セファン財務卿が、堪えきれぬ笑いを漏らした。
ようやく宰相が、押し殺したような声を絞り出した。
「……しかし、待て。
近衛騎士団の部隊長が、受験生に対して本気の模擬戦を挑むとは、どういうことだ?」
語気が、次第に荒くなる。
「軍務卿よ。
これはおぬしの監督不行き届きではないか。
もし、貴族の子息に怪我でも負わせてみろ。
評議会に、いや――陛下の御前に、どれほどの抗議が寄せられると思っている!」
軍務卿は、宰相の剣幕にも顔色一つ変えず、静かに答えた。
「部隊長が仕掛けた以上、それ相応の実力があると判断したのでしょう」
淡々と、言葉を重ねる。
「近衛騎士団は、線引きも出来ぬ者の集まりではありません。
また、実際に怪我人が出た事実もない」
一拍置き、冷静に続ける。
「そもそも模擬戦とは、騎士団に入隊し得る人材を見極めるためのもの。
入試の合否判定には影響しておりません」
そして、最後に一言。
「辞退したことによって不合格になった者もおりません。
規定上、特に問題はないかと」
それでもなお、何とか抵抗しようと、
貴族派の外務卿が軍務卿に噛みついた。
「イヴァンスとは――ドラゴンを使役した者であったな、軍務卿?」
「その通りです」
軍務卿は、即座に肯定する。
外務卿は、そこを逃さぬとばかりに声を強めた。
「おぬし、知っておったのではないか?
彼が、これほどの実力を秘めていたことを。
そして――我らに囲われぬよう、研究員という立場に置いたのではあるまいな?」
軍務卿は、わずかに眉を動かしただけで、冷静に返す。
「外務卿。
あの時の謁見には、貴公も同席しておられましたな?」
淡々と、事実を突きつける。
「彼自身が、帝国騎士団への入隊を希望した。
そう記憶しておりますが。
そこに、何か問題でも?」
外務卿は一瞬、言葉に詰まり――
それでも、なお何か言い返そうと口を開いたが、
「おった、おった」
財務卿が、楽しげに言葉を被せた。
「『俺、クラリスを守りたいんだ』とか何とか言っておったのじゃろ?
陛下の御前で、はっきりと宣言しておったな?」
外務卿は、口を開いたまま言葉を失う。
それまで静かに成り行きを見守っていた皇帝が、ゆっくりと口を開いた。
「ふむ……
あの時、確かにイヴァンスは申しておったな」
皇帝は、記憶をなぞるように続ける。
「わしに恩返しをしたい、と。
そして――クラリスという娘を、守りたいともな」
「外務卿よ。
そう、邪推するものではない」
皇帝は、穏やかな口調で、しかし有無を言わせぬ声で続けた。
「帝国騎士団が強くなるのだ。
結果として、おぬしの仕事も、やりやすくなるではないか」
「……そ、その通りでございますな、陛下」
外務卿は、完全に折れたように視線を伏せた。
「入学生の成績が良いことは、帝国にとって将来的にも大きな益となる」
皇帝は、評議会の面々を見渡し、穏やかに続けた。
「学術卿よ。
しっかりと学ばせ、生徒たちの能力を伸ばしてやれ」
そして、わずかに声の調子を変える。
「成績が芳しくなかった入学生についても、特に問題はない。
入学してから力を伸ばせばよいのだ」
視線が、宰相へと向けられる。
「親の後押しも必要になるであろう。
……よいな、宰相?」
「は、はい。心得ております、陛下」
皇帝は満足げに頷き、さらに続けた。
「なお、入学式には儂が祝辞を述べよう。
学術卿よ、日程を調えておけ」
最後に、静かに、しかしはっきりと告げる。
「それでは、本日の評議会はここまでとする。
解散」




