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幼馴染と婚約したけど聖女も好きになったので頑張って爵位を取り、二人の女の子と結婚したい件  作者: ふくみどり
少年期

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聖水の丘での誓い

イヴァンスとメイトの勉強が始まってから、三年が過ぎていた。


今年、イヴァンスは十五歳となり、帝国では成人と認められる年齢を迎えた。

村ではその節目を、聖水の丘での成人の儀によって祝う慣わしとなっている。


その日、イヴァンスはクラリスと二人で聖水の丘へ向かうことになる。


幼馴染のビソップをはじめ、村の若者たちは、

まるで示し合わせたかのように、不思議と姿を見せなかった。


――二人きりになることを、誰もが分かっていたのだ。


イヴァンスは村長の家を訪れた。


「クラリス、迎えに来たぜ。一緒に聖水の丘に行こう」


「ぴい!」


レックもご機嫌な様子で鳴く。


家の奥から、クラリスの声が聞こえてきた。


「ちょっと待ってて。もうすぐ支度できるから」


どうやら、いつもより少しだけおめかしをしているらしい。

母親と何やら小声で話しているのが、かすかに聞こえてくる。


しばらく玄関先でレックと待っていると、村長が声をかけてきた。


「イヴァンス君。今日は成人の儀の日だな。

 クラリスを、よろしく頼むよ」


そう言って、村長は意味ありげにウインクをする。


「村長さん、任せといて」


イヴァンスは、少し照れたように笑って答えた。


準備が整ったクラリスが、家の奥から姿を現した。


その瞬間、イヴァンスは――固まった。


いつものクラリスとは、明らかに雰囲気が違っていたからだ。

薄く化粧を施し、服装も動きにくくならない程度に整えられている。

それだけなのに、まるで別人のように見えた。


「お、お……は……よ……く、ら……」


言葉が、途中で途切れる。

綺麗になったクラリスを前にして、まともに声をかけることすらできなかった。


その様子を見て、奥からクラリスの母親が出てくる。


「あらあら。イヴァンス君、どうしたの?

 クラリスの姿を見て、固まっちゃったのね」


そう言って、くすりと小さく笑った。


クラリスはスカートの裾をつまみ、くるりと軽く回ってみせた。


「どう、イヴァンス。感想は?」


「き、きれいです!」


ほとんど叫ぶような返答だった。


その瞬間、村長とクラリスの母親が声を上げて笑った。


「ははは、いつものイヴァンス君はどうしたんだ」

「まあまあ。クラリスのこと惚れ直した?イヴァンス君」


村長は、にやりと目を細める。


「さあ、成人の儀式だ。聖水の丘へ行ってこい」


その一言で、二人は外へと送り出されたのだった。


聖水の丘は、ニコラ会長の意向もあって、いずれは観光名所とする計画が進められていた。

聖水が湧く場所までの道はすでに整備され、歩きやすくなっている。


もっとも――

この丘は、昔から村の成人の儀が行われる特別な場所でもある。

そのため、儀式が行われる朝のひとときだけは、地元の者しか立ち入れないようにされていた。


その静かな道を、イヴァンスとクラリスは並んで歩いている。


……が、イヴァンスは一言も喋らない。


先ほどから何か話そうとしては、口を開きかけて閉じる。

どうやら緊張しているらしく、クラリスの方を見ることすらできないようだった。


その代わりと言わんばかりに、レックが活躍している。


「ぴい」


小さく鳴いて、クラリスの肩に飛び乗り、頬にすりっと甘える。

クラリスはくすっと笑い、優しくレックを撫でた。


「今日はご機嫌だね、レック」


その様子を横目で見ながら、イヴァンスはますます黙り込むのだった。


丘に着くと、そこは驚くほど静かだった。

整備された道の先、聖水の湧き出る場所のそばに、新しく据えられた女神像が佇んでいる。


しばらく、その前に立ったまま、誰も口を開かなかった。


やがて――

イヴァンスが、ようやくクラリスに声をかける。


「……ニコラさん、言ってた通りだな。

 ほんとに女神像、作っちまった」


少し苦笑して、像を見上げる。


「でもさ……まあ、この方がよっぽどご利益ありそうだけど」


クラリスも小さく笑い、二人は並んで女神像の前に立った。


二礼。

二拍手。

一礼。


きちんと教えられた通りの所作だった。


隣でレックも、見よう見まねでぺこりと頭を下げる。

その様子に、二人の肩から、わずかに力が抜けた。


すると――

ふっと、空気が変わった。


聖水のせいか、朝の光のせいか。

理由は分からない。


ただ、胸の奥に、じんわりとした温かさが広がる。

包まれるような、やさしい感覚だった。


クラリスが、そっと息を吐く。


「……イヴァンス。

 これで、儀式も終わりね」


そして、少しだけ間を置いてから、横を見る。


「そういえば……イヴァンス。

 あなた、帝国学園の試験、受けるんでしょ?」


「メイトさんとの勉強は、順調なの?」


「うん。なんとか合格はできるって、メイトさんからは言われてる。

 実技もあるから、そっちで点数は稼げそうだし。

 座学は……まあ、落第しない程度だけど」


イヴァンスは照れくさそうに頭を掻きながら答えた。


「……そっか」


クラリスは、ほっとしたように微笑む。


「そうだ、クラリス。

 合格祈願にさ……ほっぺに、ちゅってしてくれよ」


「え……?

 もう、どさくさに紛れて何言ってるのよ……」


そう言いながらも、少し視線を泳がせてから、小さくため息をつく。


「……いいわよ」


「ほんと!?

 やった……!」


イヴァンスは嬉しそうに一歩近づき、目をぎゅっと閉じて、そっと頬を差し出した。


そのとき――

クラリスの両手が、そっとイヴァンスの顔を支える。


「……え?」


思わず声が漏れた。


指先の温もりが頬に伝わり、胸の奥が不意にざわつく。

何が起きたのか、まだ分からない。


ただ、距離が近すぎて、息遣いだけがやけに近く感じられた。


「……ぴ?」


レックが首をかしげ、不思議そうに二人を見上げている。


「ぴっ、ぴっ!」


レックが慌てたように、クラリスのもとへパタパタと飛んでくる。


「レック、どうしたの?」


クラリスはしゃがみ込み、レックをそっと抱き上げた。

小さな体を包むように、しばらく撫でてやる。


「……ぴぃ~」


安心したような鳴き声が、静かに響いた。


「来月には出発、よね」


クラリスは、丘の先――帝都のある方角を見つめる。


「イヴァンス、帝都での暮らしになるけど……

 たまには、ちゃんと帰ってきてよね」


少しだけ、からかうように笑って付け加える。


「あんまり私のこと、ほったらかしにしてたら……

 他の人になびいちゃうかもしれないんだから」


「もちろんだよ」


イヴァンスは、即座に答えた。


「時間があれば、必ず帰ってくる」


それ以上の言葉はなかった。

だが、それで十分だった。


聖水の丘に、さわやかな風が吹き抜ける。

草を揺らし、二人の間を静かに通り過ぎていった。


その風の中で――

イヴァンスは、確かに大人の階段を一段、上ったのだった。

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