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幼馴染と婚約したけど聖女も好きになったので頑張って爵位を取り、二人の女の子と結婚したい件  作者: ふくみどり
少年期

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イヴァンス頑張る

ニコラは村で精力的に動きながら、村人たちと話し合いを重ねた。

宿屋や商店のこと、アルナミンのこと――

この村を、帝都と東の国境の街アーカットの中間にある宿場町として位置づけるつもりだったのだ。


その思惑どおり、やがて村には少しずつ人の往来が生まれていった。


そうした流れの中で、この村でも学校というものが始まることになる。

大人たちはニコラの店を手伝うため、彼の手配によって、子供たちに先んじて学び始めていた。


村の広場で行われる剣技の訓練とは、まるで違う雰囲気だった。

子供たちは落ち着きなく足を揺らしながら、どこかワクワクしていた。


広場の一角には、見慣れない机が並び、板を黒く塗っただけの黒板まで立てられている。

――いったい、何が始まるんだろう?


やがて前に立ったのは、白い修道服をまとったレイカシスターだった。

にこやかに手を叩く。


「今日は剣の代わりに、こちらを使いますよ」


そう言って、彼女は足元の籠から石ころを取り出した。

子供たちの間に、ざわりと小さなざわめきが走る。


「ここに石が三つありますね」

レイカシスターは地面に石を三つ並べ、続けて二つ置いた。

「では、全部でいくつでしょう?」


子供たちは一斉に石を見る。

指を折って数える子もいれば、首をかしげる子もいた。


「三つに二つ足すと……」

レイカシスターは一拍置いて、胸を張る。

「六つですね」


――え?


一瞬、沈黙。

やがて、一人の子が恐る恐る手を挙げた。


「……シスター。それ、五じゃない?」


その言葉に、周りの子供たちが一斉にうなずく。

「五だよ」「三と二だもん」

小さな声が重なった。


レイカシスターは石を見下ろし、ぴたりと動きを止める。

そして、ほんの少し頬を赤らめた。


「あ、あら……本当ですね」


子供たちの間に、くすくすと笑いが広がる。

剣の訓練とは違う、けれどどこか楽しい時間が、こうして始まったのだった。


国語の授業になると、今度は机の上から石ころが片づけられた。

代わりに、黒板には見慣れない文字が並ぶ。


「では、声に出して読みましょう」

レイカシスターが指し示す。


「いろはにほへと――」


子供たちは一斉に声を張り上げた。

「いろはにほへと――!」


思った以上に大きな声が上がり、その音は広場いっぱいに響き渡る。

村の端まで届いたのではないかと思うほどだった。


「ち、ちょっと大きすぎますよ」

レイカシスターが慌てて両手を振る。


だが子供たちは気にしない。

誰かが声を張れば、隣も負けじと声を張る。


「ちりぬるを――!」

「わかよたれそ――!」


言葉の意味はまだよく分からない。

それでも、知らない言葉を声に出すのが楽しくて仕方がなかった。


剣を振るう訓練とは違う。

だがこの日、子供たちは確かに別の“力”を身につけ始めていた。


こうして、この村でも一日一時間ほどの学校が始まった。

子供たちは剣だけでなく、石を数え、声をそろえて文字を読むようになる。

それはまだ小さな一歩だったが、確かに村の日常を変え始めていた。


だが、イヴァンスにとっては、それだけでは足りなかった。


文字が読めて、計算ができる。

それは大切な基礎ではある。

しかし、帝国騎士団に入るためには、十五歳のときに帝国学園を受験し、入学しなければならない。

求められる知識も、規律も、村の学校とは比べものにならないのだ。


そのことを見越して、ニコラはすでに手を打っていた。


「イヴァンスは帝国学園、受験するんやろ。

 せやったら、うちの店長を家庭教師につけといたらええ」


そう言ってニコラが連れてきたのが、ストーン村の商会の店長となる――メイトだった。


商店はまだ開いたばかりで、客足も落ち着いている。

そのため、空いている時間を使い、イヴァンスの家庭教師を引き受けることになったのだ。


「では、始めましょう」


メイトは一切の無駄を省いた口調で言い、机の上に分厚い本を置いた。

その音だけで、イヴァンスは背筋を伸ばす。


「読み書きはできますか?」


「……はい。村の学校では――」


「結構です。やってみましょう」


メイトはそう言って、黒板も見ずに一行を書き記す。

「これを読んでください」


イヴァンスは文字を追い、途中で言葉に詰まった。


「止まらない。分からないなら、分からないと言いなさい」

声は静かだったが、逃げ場はなかった。


イヴァンスが正直に首を振ると、メイトは即座に言った。


「では、基礎からやり直します。帝国学園では、これで落とされますから」


その言葉に、部屋の空気が一段重くなる。


返事はなかった。


ただ、椅子がわずかに鳴り、イヴァンスは静かに座り直した。

逃げるでも、言い訳をするでもなく、机の正面に向き直る。


メイトは何も言わない。

急かすことも、慰めることもしなかった。


やがて、イヴァンスは筆を取る。


一文字。

また一文字。


部屋に響くのは、紙を擦る音だけだった。

外で誰かが話す声も、遠くを通る足音も、ここには届かない。


文字は拙かったが、止まらなかった。

書いては見直し、黙って書き直す。


どれほど時間が経ったのか分からない。

背中が痛み、指先が重くなっても、顔は上げなかった。


やがて、メイトが短く告げる。


「……今日は、ここまでにしましょう」


イヴァンスは小さくうなずき、筆を置いた。

疲れはあったが、逃げたという感覚はなかった。


剣ではなく、文字と向き合う戦いが、

この日から静かに始まったのだった。



番外編(天界より)

「……ん?

 今、泣き声が聞こえたような……。


 ああ、あのシスターか。

 算数ができないのに、先生を任されたと……そう嘆いておるのじゃな。


 だがなぁ……

 神様のバカ、などと言われるほどのことは、

 しておらんはずなのじゃが……のう……」

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