本当の狙い
帝国評議会の場は、静まり返っていた。
誰もが手元の資料に目を落とし、必要以上の言葉を発しない。
やがて、軍務卿が席を立ち、淡々と口を開く。
「本日は四点、議題があります」
一つ目は、ドラゴン討伐隊の正式解散と戦功の整理。
二つ目は、討伐によって得られたドラゴンの遺体について。
三つ目は、ドラゴンの子供の取り扱い。
四つ目は、帝国全体の学校整備について。
「まず一つ目ですが、近衛師団より参加した
グレッグ将軍以下十五名には特別報奨金を。
また、ストーン村には協力金を授与する。
この点について、異論はありませんかな」
ドラゴン討伐の依頼達成により、アーカットのギルドから正式な報酬が支払われる。
その分配は、国庫に十七%、ストーン村に十七%、
グレッグ将軍に十%、
残りを討伐隊の隊員へ四%ずつ――
そう整理されていた。
民生卿が口を開く。
「資材と人的協力を考えれば、
ストーン村への配分は妥当な線ですな」
異論は出ず、すんなりと了承される。
「二つ目、ドラゴンの遺体についてですが――
陛下、こちらは賢明なる宰相に判断を委ねては、いかがでしょうか」
皇帝は即座に頷いた。
「軍務卿の提案を受け入れよう。
何十年に一度、手に入るかどうかという
レッドドラゴンの遺体だ。
宰相に一任すれば、よい案を示してくれるだろう。
カイル宰相、期待しておるぞ」
評議会の視線が、自然と宰相に集まる。
「ただし――」
軍務卿が、一言だけ付け加えた。
「簡略なもので構いません。
しかし、正式な葬儀と、弔いの場としての墓だけは
必ずご用意いただきたい。
我が帝国は、騎士の誇りを重んじる国。
騎士道に準じた配慮を、お願いいたします」
その場に、異論は出なかった。
やや間を置いて、民生卿が控えめに手を挙げる。
「念のため伺いますが……
そのドラゴンの遺体は、どの程度の価値が?」
答えたのは、財務卿だった。
「何十年に一度、出るか出ないかの代物です。
正確な算定は困難ですが……
国家予算の、半月分にはなるでしょうな」
一瞬、空気が凍りつく。
外務卿、民生卿、法務卿――
貴族派の面々が、思わず息をのんだ。
それほどの価値を持つものを、
宰相の裁量に委ねるというのか。
――なるほど。
道理で、宰相が無口なはずだと、
貴族派の誰もが悟った。
この場で反対する理由は、もはやどこにもなかった。
「三つ目、保護したドラゴンについてですが。
保護対象から離れようとしないとの報告があります。
つきましては、その個体に“研究員”という職務を与え、
学術卿の管理下に置くことを提案いたします。
異論はありますかな?」
沈黙が落ちる。
やがて、誰からも反対の声は上がらなかった。
「特に反対はないようですので、本件も決定といたします。
最後に、マルティア王女より提言のありました
帝国全土への教育制度導入についてですが――」
民生卿が口を挟む。
「帝国全土となると、資金面が問題だ。
現状では難しいのではないかね?」
軍務卿は、表情一つ変えない。
「その点についても、提案があります。
聖教会を利用するのです。
各地の教会と聖職者に協力を依頼すれば、
新たに人員や施設を用意する必要はありません。
寄付金は必要となりますが、負担は最小限で済みます」
場が、わずかにざわめく。
「この事業は、民生卿と法務卿に主導していただきたい」
法務卿は、思わず驚きの眼差しを軍務卿へ向けた。
「……学術卿が主導する案件では?」
その問いには、単なる確認以上の意味が込められていた。
先ほどから、あまりにも貴族派に有利な条件が次々と提示されている。
法務卿としては、確認せざるを得なかったのだ。
――なぜだ。
なぜ、ここまで譲る。
なぜ、新規事業にまで手を出させる。
軍務卿の真意を測りかねる視線が、静かに向けられていた。
「教育内容そのものは学術省の管轄でしょう。
しかし今回は、国民の生活基盤に関わる新規事業です。
現時点では、法制度と民生の整備が優先される。
よって、民生卿と法務卿が主体となるのが筋かと」
淡々と、しかし一切の淀みなく。
軍務卿は、そう言い切った。
外務卿は、しばし言葉を失っていた。
やがて、絞り出すように口を開く。
「……これほどまでに貴族派に有利な条件を示しておきながら、
軍務卿はいったい何を考えておられる?」
その言葉は、本来であれば――
皇帝の御前では、決して口にしてはならない類のものだった。
気づいた時には、すでに口をついて出ていた。
貴族派の、本音が。
さらに外務卿は、言葉を止めることができなかった。
「今回の討伐隊、その最大の功績者は――
どう考えても、軍務卿であろう」
声は抑えられていたが、その響きは重い。
「討伐隊の計画そのもの、
そもそも貴官が主導して立ち上げたものではないか」
一瞬の間。
そして、吐き出すように続ける。
「それなのに――
この評議会において、
軍務卿個人の功績が、
一切、語られていないではないか」
軍務卿は眉一つ動かさず、淡々と答えた。
「個人の功績など、取るに足りませぬ。
私は、帝国が繁栄することを前提として
評議会を動かしているに過ぎません」
沈黙が落ちた。
反論の糸口を見つけられる者は、誰もいなかった。
やがて皇帝が、静かに口を開く。
「――ドラゴンの遺体、ドラゴンの保護、
および学校事業については、これをもって決定とする。
異論はないな?」
声は上がらない。
「加えて、討伐隊に協力したストーン村への褒賞授与の件。
早急に謁見の機会を設けよ」
皇帝は立ち上がり、告げた。
「本日の評議会は、これにて解散」




