夜更けの決意
夜となり、イヴァンスたちは宿屋に案内された。
外の喧騒とは打って変わり、廊下には静かな灯りと、
一日の終わりを告げるような落ち着いた空気が漂っている。
簡単な夕食を済ませると、それぞれ部屋割りが告げられた。
クラリスはレックと同室。
イヴァンスは村長と同じ部屋になる。
クラリスは一瞬だけこちらを振り返り、すぐにレックの手を引いた。
「レック、行こ」
レックも嬉しそうに「ぴぃ」と鳴き、
並んで部屋へ向かっていった。
その背中を見送りながら、イヴァンスは少しだけ気恥ずかしさを覚えた。
これまで村長と二人きりで、腰を据えて話す機会は、ほとんどなかったからだ。
部屋に入ると、村長は椅子に深く腰を下ろし、大きく息を吐いた。
外套を脱ぐその仕草には、隠しきれない疲労がにじんでいる。
「……正直、今日は骨が折れたよ」
学術省で文官たちと詰めた学校設立の話。
制度、予算、人員、立地。
どれも簡単に決まる話ではなく、
村長は頭も身体も使い切った様子だった。
それでも少し間を置いてから、村長はふっと力を抜くように笑い、
イヴァンスへと視線を向ける。
「なあ、イヴァンス。
同じ部屋になったのも何かの縁だ。
昔から聞いてはいるが……改めて聞いておこうか」
イヴァンスは自然と背筋を伸ばした。
「ハハハ、そんな緊張することはない。
まあ座れ。
当然、クラリスのことだ」
村長は少しだけ目を細める。
「あの子と、これからどうするつもりだ?
別に私は反対するつもりはないんだぞ」
村長の向かいの椅子に座り、イヴァンスは一度息を整えた。
そして、少し考えてから、はっきりと口を開く。
「実は、討伐隊に参加した時、
シルフィスさんにも同じことを聞かれたんだ」
村長は黙って頷く。
「その時、騎士団への入隊を勧められた。
給料もいいし、クラリスのことを守る力もつけられるって」
イヴァンスは拳を軽く握る。
「……だから俺、十五で成人したら、帝国学園に入学しようと思う。
二年間、きちんと学んで、力をつけて……
その後、騎士団に入隊するんだ」
村長は言葉を挟まず、最後まで聞いていた。
「騎士として認められる立場になったら、
その時にクラリスに、正式に結婚を申し込みたい」
言い切った声は、まだ少年のものだったが、
そこに迷いはなかった。
「……そうか」
村長は短く頷く。
「ただ……」
イヴァンスは少しだけ視線を落とす。
「父が亡くなって、母さんと二人きりなので。
帝都に出るとなると……
母さんのことが、やっぱり心配で」
その言葉に、村長はゆっくりと目を閉じた。
まるで、かつての出来事を思い返すように。
「子供は、親の心配なんかするもんじゃない。
自分の道を進めばいいんだ」
そう言ってから、少し柔らかく続ける。
「まあ、イヴァンスが本気で帝国学園に入学するつもりなら、
俺も、できることをやらないとな。
今回の村に学校を作る話も、どんどん進めないといけない」
村長は少し困ったように笑い、
「ただ、若者がどんどん村から出ていかないように、
何か考えていかないとな」
と、ぽつりと呟いた。
「まあ、でもイヴァンス。
もう一人の女の子の件だけはな……」
村長は軽く咳払いをし、視線を逸らした。
「クラリスを泣かせるような真似だけは、するんじゃないぞ」
「……はい」
イヴァンスは少し照れたように、しかしはっきりと頷いた。
別の部屋では、クラリスが寝支度を終え、ベッドに腰掛けていた。
隣では、レックが器用に丸くなり、静かに息をしている。
「今日はいっぱい歩いたね」
声をかけると、レックは小さく「ぴぃ」と鳴き、
クラリスの方へと頭を寄せた。
その温もりに、クラリスは自然と微笑む。
「パパとイヴァンス、何話してるんだろうね。
……ね、レック」
答える代わりに、レックは一度だけ尻尾を揺らした。
誰に言うでもない言葉を残し、
部屋の灯りは静かに落とされる。
それぞれの思いを胸に、
夜は、ゆっくりと更けていった。




