「バカdeアール隊」登場
軍務卿との面談を終え、クラリスとイヴァンスは、
シルフィスの案内で帝都の散策をすることになった。
シルフィスはマルティアから預かっていた報告書を、
帝都屈指の商会である二コラ商会へ届ける役目も兼ねていた。
やがて彼らは、二コラ商会の外食部門でもある有名スイーツ店「ミュー」に足を運んだ。
帝都でも特に人気の高い店で、平日であっても行列が絶えず、
なかなか味わうことができないほどである。
シルフィスが店員に声をかけると、店員は特別に用意された席へと案内してくれた。
「ここで少しスイーツを楽しんでいてね。私は会長さんと話があるから」
そう言ってシルフィスは報告書を手に、二コラ子爵のもとへ向かった。
二コラ商会の会長室の扉をノックするシルフィス。
「会長さんいる~?」
「シルフィスはんか? 開いとるから入ってきーな」
どっしりとした体格の男性が、奥の机で事務処理をしていた。
年の頃は五十手前、丸い頬に深い笑い皺。頭には少し薄くなった黒髪だが、
目は鋭く輝き、まるで金の匂いを嗅ぎ分けているかのようである。
「おお、シルフィス、今日はどないしたんや?」
「マルティア王女からちょっとお願いされたの。これが報告書よ」
二コラ会長はマルティアの報告書を読みだすと突然そろばんを取り出した。
「銭や、銭の匂いがするで~」
ぱちぱちぱち――軽やかにそろばんの珠が弾かれる。
二コラ子爵はにやりと笑い、目を輝かせながら次々とアイデアを口にする。
「まずは聖水の丘や……
見晴らしええんやったら入場料取れる……
女神絡んどるんや、縁結びもいけるやろ……
聖水もええ感じや……
“女神の水”って名づけて、帝都で売りさばくんや……」
「ほいでアルナミン……帝都には無い果実やな。
村で栽培して……これも村の名産に仕立てて、
安定的に帝都で売るんや。
あと、うちから支店出して……そこに宿場と酒場も作らせて……
地理的にアーカットの道中の宿場町にしたら、最高や!!」
ぱちぱちぱち――そろばんの珠が弾かれる音がさらに室内に軽やかに響く。
ちーーーーーん!! 二コラ子爵はそろばんを置くと満足げに胸を張った。
「できた、できたで、大儲けの計画や。
シルフィスはん、あんがとな。
早速、準備にかかるで~!」
シルフィスは呆れ顔で小さく笑った。
「相変わらずね~、会長さん。あと、紹介したい子がいるんだけど?」
シルフィスがそう言った瞬間、店内から悲鳴と怒声が聞こえてきた。
クラリスとイヴァンスの声である。
「お前ら何なんだよ! こっちは楽しくデザート食べてるのに!」
イヴァンスの口調には、はっきりと怒気が含まれていた。
レックもうなり声をあげ、貴族の子息たちを睨みつけていた。
「庶民がこの特別席に座るって何事だよ。
ここは俺たちみたいな、選ばれた人間が座るべき場所だぞ。
しかも、小汚い動物なんか連れ込んで」
貴族の子息の一人が、見下すように言い放つ。
「まあ、そこの女の子なら……お願いされれば同席を許してやるけどな。
折角かわいい顔してんだ。隣に座れるだけでも光栄だろ?」
「庶民とか関係ないだろ。それに、俺たちはここの席に案内されたんだ。
文句あるのか?」
「誰に口利いてるか、分かってんのか?」
「こちらは宰相の次男、バスリン様だぞ」
「さらに外務卿のご子息、カデフ様だ」
「民生卿のご子息がアセプト様、法務卿のご子息がルフィン様だ」
取り巻きは鼻で笑い、言葉を重ねる。
「分かってるのか?
お前ら庶民を管理する側の人間だぞ。
頭が高いんだよ」
そのときだった。
「どうしたの、イヴァンスちゃん」
シルフィスと二コラ会長が、店内の奥から姿を現した。
「こいつらがさ、庶民はここに座るなって言いがかり付けてくるんだ。
えーっと……バカリン、カデブ、アホプト、ルーズ……
……だったかな?」
二コラが一歩前に出て、にこやかに頭を下げる。
「帝国評議会のご子息様方ですね。
本日は当店へご来店いただき、誠にありがとうございます」
そして、笑顔のまま、きっぱりと続けた。
「――誠に申し訳ございませんが、本日はこのままお引き取りいただけないでしょうか?」
「なんだと?
一介の商人が、貴族に命令する気か!」
バスリンは怒りを露わにする。
その様子を眺めていたイヴァンスは、少し考え――そして、言い放った。
「うるさい。バカdeアール隊の面々が!」
子息たちは、意味が分からず、そろってポカーンと口を開ける。
「お前らさ、名前の頭文字取ったら
バ・カ・de・ア・ール、だろ?
名前のまんまじゃないか!」
「……なっ!」
その空気を制するように、シルフィスが一歩前へ出た。
「評議会のご子息の皆さま。
私は帝国近衛騎士部隊長、シルフィスと申します」
先ほどまでのざわめきが、嘘のように消えた。
「こちらのイヴァンス様、クラリス様は、
マルティア王女殿下より帝都に招かれた正式な客人でございます」
静かに、しかし逃げ場を塞ぐように言葉を重ねる。
「もし、これ以上の無礼が続くようでしたら――
それは陛下、ならびに王女殿下への無礼となりますが……
よろしいのでしょうか?」
「く、くそう…今日のところは引き下がってやる。
覚えてろ!!」
捨て台詞を吐き、バスリンたちは店を後にするのだった。




