未完成の捕縛術
一週間後。
同じ森。
だが、空気が違っていた。
ざわり、と葉が揺れる。
風の流れ。
枝のきしみ。
遠くで落ちる小さな音。
それらすべてを――
「……共有」
小さく、イヴァンスが呟く。
声ではない。
思考。
魔道具テレパスを通じて、隊全体へと流れる。
(右前方、三歩先。軽い揺れ)
(把握)
(今回の相手は恐らくレキサル)
(了解)
言葉は、いらない。
やり取りは一瞬。
それでいて、全員の認識が“揃う”。
イヴァンスたちは、無意識に陣形を変えていた。
背中を預ける位置。
視線の配り方。
間合いの取り方。
誰も指示を出していない。
だが――崩れない。
「へぇ~」
木の上から、ジャックが声を落とす。
「ちゃんと“隊”になってきたじゃん」
くすくす、と笑う。
その視線の先。
プラーサが、ゆっくりと目を閉じていた。
呼吸は、静か。
焦りは、ない。
(……いる)
鼓動。
一つ。
二つ。
三つ。
(違う……これは混ぜてる)
だが、もう迷わない。
(“全部を見る”必要はない)
ノイズを切る。
揺れを無視する。
“無い場所”を見る。
「……三方向」
テレパスで流す。
「右、上、背後――ただし、本命は
……左奥」
その瞬間。
イヴァンスが、動いた。
迷いはない。
一直線。
「行く」
踏み込み。
地面を蹴る音が、ほとんどしない。
「おやおや」
その進路上。
レキサルが現れる。
だが――
「分かってる」
イヴァンスは止まらない。
剣を振る。
当てるため”ではない。
動かすため”の一撃。
「さて、そう容易く成り立つものとお思いなされまするか……?」
レキサルが、わずかに身を引く。
その瞬間。
「今!」
ベラミカの魔力が弾けた。
横から、障壁が走る。
逃げ道を塞ぐように。
さらに――
「上、塞いで!」
プラーサの念話。
枝の上、退路も潰されている。
「いやはや……これは、なかなかに困り果てたことに相成りましたな」
レキサルが、わずかに肩をすくめる。
その位置。
――完全に“囲まれた”。
「そこ!」
セーニャが踏み込む。
音が消える。
気配が消える。
「スリープ」
声はない。
だが――発動している。
「……ほう」
レキサルのまぶたが、わずかに落ちる。
「どうにも、まぶたが重うなってまいりましたな……」
動きが、鈍る。
その一瞬を――
ベラミカが逃さない。
「捕縛!」
ベラミカの障壁が、箱状に閉じる。
「……これは」
レキサルが、静かに目を閉じた。
抵抗は――しない。
「お見事にございます」
そのまま、膝をつく。
「この状況、もはや風雅に逃れる術もございませぬ」
完全に、制圧された。
一瞬の静寂。
「……やった……?」
プラーサが、息を吐く。
「……ああ」
イヴァンスも、小さく頷く。
「捕まえた」
だが――
「へぇ……」
上から、声。
ジャックだった。
「初めての“生け捕り”としては、グッドじゃん」
くすくす、と笑う。
「まあ」
一拍。
「レキサルってのは差し引かないとね~」
空気が、わずかに変わる。
「さて」
レキサルが、ゆっくりと目を開いた。
眠気は――もう消えている。
「この身こそが、最も捕らわれやすいとお考えにござりましたか」
静かに立ち上がる。
「……いささか、心外にございますな」
その瞬間。
障壁に、ひびが入る。
「っ!?」
ベラミカの目が見開かれる。
「まだだ!」
イヴァンスが叫ぶ。
だが――
バリンッ!!
障壁が内側から弾け飛んだ。
「なっ……!?」
全員の視界が揺れる。
レキサルは、すでに一歩外に出ていた。
「捕縛とは、“入れた瞬間”ではなく――」
静かに振り返る。
「逃げられぬ状態を維持してこそ、成立するものにございます。
まあ、わたくしほど精神感応の魔法に強き耐性を備えた者など、
世にも稀にございましょうが」
余裕のある声音。
だが――その実、甘さは一切ない。
その時。
「うんうん、いいじゃな~い♪」
場の空気を割るように、明るい声が響いた。
セラフィスだった。
楽しそうに、手をぱちぱちと叩く。
「でもね~」
にこり、と笑う。
「レッドシャドウほどの魔術力を持ち合わせた騎士なんて、
そんなにゴロゴロいるわけじゃないでしょ?」
視線が、イヴァンスたちへと向く。
「上出来じゃない」
軽く言う。
だが――その目は、しっかりと見ている。
「あとさ~」
笑みが、ほんの少しだけ薄くなる。
「そんなに悠長に成長を見守ってる時間もないわけだし」
空気が、わずかに冷える。
「イヴァンスたちがこうやって訓練してる間にも――」
視線が、森の外へ向いた。
「野盗たちは、ファーリン街道で商隊を襲ってんだもんね
だから、ジャックとスランザが同行予定だったけど、……レキサル
あなたも、イヴァンスたちと行っておいで」
森の空気が、わずかに揺れる。
ボルックスが、静かに一歩前へ出る。
「ディハン軍務卿は当初より、本件をレッドシャドウ殿に託すお考えにてございました」
そのまま顔を上げる。
「ゆえに――支障はございませぬ」
淡々とした声音、その裏にあるのは確信だった。
セラフィスが、にやりと笑う。
「でしょ~?ボルックス」
ボルックスはわずかに一礼するのみ。
ジャックが、楽しそうに笑う。
「ひひひ……やっと外出れるじゃん
ぼくちゃん退屈だったんだよね~
訓練ばっかりでさ~」
その声には、隠しきれない高揚が滲んでいた。
スランザは、肩を鳴らすだけ。
コキ、と乾いた音。
「準備はして明日中には出発だな」
短く、断定。
その一言で、全てが“次”へ進む。
ジャックが、にやりと笑いぽつり、と。
「“お客さん”、先に来てたりしないよね~?」
――誰も答え話持ち合わせていなかった。




