血の洗礼③
視界は、暗い。
音もない。
意識は、沈んでいる。
――どれくらい経ったのかも分からない。
「水でもぶっかけちゃえば~。意識戻るかもよ~、ひひひ……」
楽しげな軽い声
ジャックだった。
「仮にも、そこには女子がおられまする」
すぐに、やんわりとした声が重なる。
「そのような振る舞い、決してなさってはなりませぬぞ」
レキサルだ。
姿勢は崩さず、どこか優雅に立っている。
「もしや衣が透き通りでもいたしましたら、いかがいたすおつもりにございます」
一拍。
「さあ、しかるべき回復の術にて、やんわりとお目覚めさせて差し上げなされ」
静かに、しかし有無を言わせぬ口調。
「ぼくちゃん、女の子に興味ないし~」
ジャックが肩をすくめる。
「せっかくだから苦痛に歪んだ顔、見たいんだよね~」
くすくす、と喉の奥で笑う。
「ならぬものはなりませぬ」
ぴたり、と言い切るレキサル。
その声音は柔らかいままだが――一切揺るがない。
「ここは風雅に参るべき場にございます」
「相変わらず君って面倒な性格なんだよね~」
ジャックが口を尖らせる。
「あなたほどではございませぬ」
間を置かず、静かに返す。
わずかに視線を流し――
「リータン様」
丁寧に名を呼ぶ。
「御身の回復にて、皆を穏やかにお目覚めさせて差し上げていただけますかな」
その言葉に。
リータンが小さく微笑んだ。
「承知いたしましたわ」
一歩、前へ出る。
指先に、淡い光が宿る。
「少々強引ではございますが……」
静かに、魔力が広がる。
「皆様、お目覚めの時でございます」
柔らかな光が、倒れた面々を包み込んだ。
「リータンって、ほんと怖いんだよね~。回復と毒攻撃、どっちも一流なんだからさ~」
ジャックがくすくすと笑う。
「下手に手加減すると、どっちが来るか分かんないんだよね~」
軽い口調。
だが、その内容は冗談ではない。
リータンは、わずかに目を細めた。
「心外ですわね」
穏やかな声音。
だが、その奥に冷たいものが潜む。
「必要に応じて、最も適した手段を選んでいるだけにございます」
一歩、歩み出る。
その足取りに迷いはない。
「回復も、毒も――」
指先に宿る光が、わずかに色を変える。
淡い緑。
そして、次の瞬間には柔らかな白へ。
「ジャック様が望むのでしたら――」
ふわり、と微笑む。
「回復と毒の両方を、同時におかけいたしますわよ」
空気が、わずかに冷えた。
「うわぁ、それめっちゃ面白そう~」
ジャックが肩を揺らして笑う。
「でもさ~、ぼくちゃんで試すのはナシね?」
軽く手を振る。
「壊れちゃったら困るでしょ?」
「ご安心を」
リータンは表情一つ変えない。
「壊れるほどの加減はいたしません」
一拍。
「壊さずに保つのも、また技にございますので」
その言葉に。
レキサルが静かに目を細めた。
「……相変わらず、雅とは程遠き発想にてございますな」
「うん……」
小さく、かすれた声。
イヴァンスだった。
続いて――
「……っ、は……」
「……ぅ……」
「……く……」
ベラミカ、プラーサ、セーニャも、次々と目を覚ます。
四人とも、完全ではない。
呼吸は荒く、視界もまだ揺れている。
だが――意識だけは、はっきりと戻っていた。
「お、起きた起きた~」
ジャックが楽しそうに覗き込む。
「どう? 気分最悪でしょ?」
くすくす、と笑う。
「……最悪よ」
ベラミカが睨み返す。
だが、その視線に力はない。
「それでいいのよ~」
軽く肩をすくめるジャック。
「その状態でも動けるようになるのが大事なんだからさ~」
その時。
ぱちん、と小さく音が鳴った。
セラフィスが手を叩く。
「はい、そこまで」
にこり、と笑う。
空気が、わずかに緩む。
だが――完全には緩まない。
「まだ、実戦は早いわね~」
軽い口調。
だが、その判断は明確だった。
視線を流し――
「ボルックス」
名を呼ぶ。
「まずは森どう使うかのお勉強からかしら?」
「承知いたしました」
ボルックスが静かに一歩前へ出る。
その動き一つで、空気が切り替わる。
「では、立てる者から立ちなさい」
淡々と告げる。
「立てぬ者は、這ってでもよろしい」
一拍。
「戦場では、それが当たり前です」
イヴァンスが歯を食いしばる。
「……クッ」
何とか立つ。
しかし、足は震えている。
それでも――立つ。
その隣で、セーニャもゆっくりと身体を起こした。
「……行けます」
小さく、しかしはっきりと。
プラーサも、壁に手をつきながら立ち上がる。
「……やる……」
ベラミカは舌打ちしながらも、無理やり身体を引き上げた。
「ほんと、最低な訓練ね……」
「褒め言葉として受け取っておくよ~」
ジャックが笑う。
そのやり取りを横目に。
ボルックスが静かに手を広げた。
「では、次に参りましょう」
森へと視線を向ける。
木々。
影。
高低差。
「ここを単なる森と考えてはいけません」
一歩、踏み出す。
「視界、音、地形――すべてが“武器”になります」
振り返る。
その目は、先ほどまでの余裕を消していた。
「さらに、“罠”にもなるのです」
空気が、再び張り詰める。
「先ほど皆様が受けたもの」
一拍。
「――あれは“個の技術”ではございません」
静かに言い切る。
「“配置”によって成立しているのです」
イヴァンスの目が、わずかに細まる。
「……配置?ですか」
「はい」
ボルックスが頷く。
「誰がどこに立つか」
「どこから気配を感じ、どう動き、どこに追い込むか」
「それ駆使すれば――」
視線が、鋭く落ちる。
「先ほどのように、あなた方は“何も出来ずに終わる”」
一拍。
「いわば戦術の部分に当たります」
さらに一歩。
「強いて言えば――すべての駒が同時に動くチェスのようなもの」
沈黙。
その言葉の重みが、全員にのしかかる。
そして。
セラフィスが、楽しそうに笑った。
「いいわね~」
手を軽く叩く。
「まずはさっきの動きがどうだったかの復習よ」
少しだけ、声を弾ませる。
「配置を理解しながら、同じことやりましょうか」
一拍。
にこり、と微笑む。
「さっきより、ちゃんと避けられるかしら?」
逃げ場はない。
だが今度は――
“分かっていて”挑む。
その違いが、どれほどの意味を持つのか。
誰も、まだ知らない。




