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幼馴染と婚約したけど聖女も好きになったので頑張って爵位を取り、二人の女の子と結婚したい件  作者: ふくみどり
帝国学園編

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触れてはいけない人

鳴りやまぬ拍手の中、セーニャは舞台の中央でゆっくりと顔を上げた。


まだ胸の奥には、舞の余韻が残っている。

温かく、静かに満ちていく感覚。


両手を胸の前で重ね、観客に向けてもう一度、丁寧に一礼する。


「本日は――」


挨拶の言葉を紡ごうとした、そのときだった。


ざわり、と観客席の一角が揺れる。


次の瞬間、観客の間を押しのけるように、一人の青年が舞台へと上がり込んできた。


「……なに?」


空気が、一変する。


先ほどまでの神聖な静けさが、目に見えない歪みを帯びて崩れていく。


その中心に立ったのは――バリンスだった。


整った衣装に身を包みながらも、その表情には遠慮というものが欠片もない。

むしろ当然のように、舞台の中央へと歩み寄ってくる。


「さすがセーニャだ」


軽く手を叩きながら、セーニャを見下ろす。


だがその声音には、称賛よりも“所有物を評価する”ような響きが混じっていた。


セーニャの胸に、かすかな違和感が走る。


「……バリンス様、ありがとうございます」


それでも、聖女としての礼を崩さず、静かに応じる。


だが――


バリンスはその返答に満足した様子もなく、さらに一歩踏み込んだ。


「お前は俺の伴侶になるためにいるんだ」


広場の空気が、凍りつく。


「俺の申し出を断るな」


あまりにも一方的で、あまりにも傲慢な言葉。


一瞬の静寂のあと――


「ふざけるな!」

「何様のつもりだ!」

「降りろ!」


観客席から一斉に怒声が飛ぶ。


先ほどまで感動に包まれていた空気は、一気に怒りと困惑へと塗り替えられた。


ざわめきが渦を巻く。


その中心で、セーニャはわずかに目を見開いていた。


(……なにを……)


言葉が、追いつかない。


理解するよりも先に、空気の異常だけが伝わってくる。


――その瞬間。


一歩、影が差し込む。


セーニャとバリンスの間に、静かに一人の男が立った。


「そこまでにしておけ」


低く、よく通る声。


イヴァンスだった。


余計な気配は一切ない。

ただ自然に、そこに“壁”として立っている。


その背中は、決して大きくはない。

だが――不思議と、揺らぐ気配がなかった。


バリンスの視線が、露骨に不快そうにイヴァンスへ向けられる。


その目は、明らかに苛立っている。

まるで、自分の前に割り込んできた

“邪魔者”を見る目だった。


「うるさい、イヴァンスには関係ないだろ!」


吐き捨てるような一言。


だが、イヴァンスは一歩も動かない。


その静かな拒絶が、逆に場の緊張をさらに引き上げていた。


――そのときだった。


「バリンス!」


鋭い声とともに、舞台の下から数人の影が駆け上がってくる。


先頭に立つのは、カイル宰相。

その後ろにはリーパル、そして護衛のコウランが慌てた様子で続いていた。


「何をしている!」


カイルの声は抑えられていたが、その奥には明確な苛立ちが滲んでいる。


だがバリンスは振り返りもせず、あくまでイヴァンスを見据えたままだった。


「父上、ちょうどいいところに」


軽く言いながら、顎でセーニャを示す。


「俺がセーニャを伴侶にしてやるって言ってるのに、

 いつもこいつが邪魔するんだ!」


その言い方は、あまりにも一方的で――あまりにも当然のようだった。


一瞬の静寂。


そして次の瞬間、観客の怒りが爆発する。


「ふざけるな!」

「ここはお前らの都じゃねえ!」

「勝手なこと言ってんじゃねえぞ!」


罵声が四方から飛び交い、広場の空気が一気に荒れる。


慌ててコウランが舞台下の観客を諭そうとする。


「静まれい!ここにおわすは帝国の宰相であるぞ!

 おぬしら、不敬は即監獄行きだぞ!静まれい!」


だが、その声は群衆の怒りに飲み込まれていく。


――対するように。


「……やれやれ」


軽く息をつく声。


イヴァンスの背後から、ゆっくりとセラフィスが舞台へと上がってくる。

その瞳は細められ、すでに笑っていない。


「新年早々、随分と好き勝手やってくれるじゃない」


淡々とした声。

だが、その一言だけで場の空気がわずかに冷えた。


その隣にはベラミカも立ち、鋭い視線でバリンスたちを睨んでいた。


舞台の上で、二つの陣営が向かい合う。


「セ、セラフィスさま……なぜここに……」


コウランの声には、隠しきれない動揺が混じっていた。


当然である。

帝都から出られるはずのない存在が、今この場にいるだ。


「コウラン」


セラフィスは、ちらりと視線を向ける。


「……あんたは下がってなさい」


短い命令。


それだけで、コウランの動きが止まる。


わずかな逡巡のあと――静かに一歩下がった。


張り詰めた空気の中。


セラフィスの前に立ちながらも、バリンスは一歩も引かなかった。


むしろ――口元を歪める。


「なんだ、おばさん」


その場の誰もが、息を呑む。


「お前の出る幕じゃないんだ。さがってろ」


――一瞬。


風の音すら、消えた。


観客のざわめきが、ぴたりと止まる。


コウランの顔が引きつる。

カイルでさえ、わずかに目を見開いた。


そして。


ベラミカの顔色が、一瞬で変わる。


「――っ、師匠!」


反射的に一歩前に出る。


「だめ、やめて――!」


その声が響いた瞬間。


セラフィスが、にこりと笑った。


ゆっくりと。

とても穏やかに。


――だからこそ、全員が理解した。


“あ、やばい”と。


「……そう」


小さく、呟く。


次の瞬間。


――ボンッ!!


乾いた破裂音とともに、炎が弾けた。


バリンスの全身を包み込むように、一瞬だけ燃え上がる火。


熱はある。

だが、焼き尽くすためのものではない。


一瞬で消えた炎のあとに残ったのは――


「なっ……!?」


全身を真っ黒に煤けさせたバリンスの姿だった。


髪は逆立ち、顔も衣服も真っ黒。

豪奢だったはずの衣装は見る影もない。


完全に、炭だ。


一瞬の静寂。


そして――


「ぶはっ!」

「な、なんだ今の……!」

「真っ黒じゃねえか!」


観客の間から、堪えきれない笑いが漏れ出す。


ざわめきは一気に嘲笑へと変わった。


「き、貴様ああああああ!!!」


バリンスの絶叫が響く。


だが、その怒りすら――どこか滑稽に見える。


セラフィスは、ふっと息を吐いた。


「安心しなさい」


軽く肩をすくめる。


「ちゃんと“加減”してるわ」


くすり、と。


「今回はね」


その一言に、誰もが言葉を失った。


ベラミカはその場で頭を抱える。


「……だから言ったのに……」


小さく呟きながら。


――新年祭の夜。


祝福に満ちていたはずの舞台は、

完全に“別の意味で”忘れられない一幕へと変わっていた。

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