女子会と恋の話③
暖炉の火が、静かに揺れている。
「でも、その時に……クラリスさんの存在を知ったんです」
その言葉で、その場にいた皆が沈黙してしまった。
空気が、わずかに張り詰める。
誰もすぐには言葉を挟めない。
ほんの一瞬――だが、確かに重さのある間だった。
暖炉の火がぱちりと小さく音を立てる。
その音だけが、やけに大きく響いたように感じられた。
その沈黙を、破ったのはクラリスだった。
「で、あの時の失恋騒動だったってわけね?」
あまりにもあっさりとした言い方だった。
拍子抜けするほど軽く。
けれど――その一言で、張り詰めていた空気がふっと緩む。
「……し、失恋騒動って……」
セーニャが顔を赤くしながら、言葉を詰まらせる。
「ちょっとクラリス、言い方」
ベラミカが呆れたように肩をすくめる。
「いやでも間違ってないでしょ?」
クラリスはくすっと笑う。
その表情には、変に気を遣った様子はない。
むしろ、どこか懐かしむような色が混じっていた。
あの時の出来事を、ちゃんと“過去のもの”として受け止めている――
そんな余裕すら感じられる。
「はい、あの時はかなりショックを受けてました」
セーニャは少しだけ視線を落としながら、正直に答える。
「闘技大会中でしたので……何とか持ち直さなきゃって思って」
ぎゅっと指先を重ねる。
「試合もありますし、周りにも迷惑をかけられないって……」
言葉を選びながら、ゆっくりと続ける。
「あの時は、本当に必死でした」
小さく息を吐く。
「でも……どうしようもなかったんです」
ぽつりと落ちる言葉。
その重さは、誰にでも伝わった。
理屈では整理できても、感情は追いつかない。
そんな時間だったのだと、誰もが理解できた。
「クラリスさんに、色々教えていただいて……
何とか持ち直しましたが」
ゆっくりと顔を上げる。
その目は、もう揺れていない。
「でも――」
ほんの少し、間を置いて。
「結構、尾を引いてたんですよ」
苦笑が混じる。
「表には出さないようにしてましたけど……」
小さく付け加える。
その言葉に、ベラミカが片眉を上げた。
「だろうね。あんた、分かりやすいもん」
容赦のない一言。
「お姉さま……」
セーニャが抗議の視線を向けるが、否定はしない。
できなかった。
「で、クラリスがイヴァンスの
『でもさ、クラリス、一人だけ他の女の子と付き合うのは許して』
って話を出してフォローしたって流れだったわね」
プラーサが懐かしむように言う。
「あの時のセーニャ、ほんとに落ち込んでたもんね」
さらりと言いながらも、その声音はどこか優しい。
「『あいつが誰かを好きになるなら――
あたしは、その人と一緒に生きるわ』とか言ってたけど」
ベラミカがにやりと笑う。
「本心は独り占めしたかったんじゃないの?」
核心を突く一言だった。
「……そりゃ、独り占めしたいのは本音よ」
クラリスはあっさりと認めた。
少しだけ肩をすくめる。
「でも、それでイヴァンスと離れる方がもっと嫌だった」
視線をまっすぐに保ったまま、続ける。
「それなら――私が納得できる人と一緒になってほしい」
静かな言葉だったが、迷いはなかった。
その覚悟の重さに、誰も軽く返すことはできない。
「今ならはっきり聞けますけど、クラリスさん」
セーニャが、少しだけ真剣な表情になる。
「私がイヴァンス君の恋仲としての相手だと……どうなんですか?」
部屋の空気が、また少し変わる。
踏み込んだ問いだった。
「セーニャも、とんでもないこと聞くのね……」
クラリスは一瞬だけ目を丸くし――
すぐに小さく笑った。
「まあ、セーニャならいいと思ってるけど」
あっさりとした答え。
だが、その中には確かな信頼があった。
「こればっかりは、イヴァンスが選ぶことだからね」
その一言で、すべてを締める。
無理に踏み込まない距離感。
それが、逆に重みを持っていた。
「それよりも」
クラリスが軽く話題を戻す。
「セーニャは、イヴァンスと進展はあったの?」
「闘技大会以降、イヴァンス君とはきっかけがなくて……」
少しだけ視線を落としながら答える。
「まあ、あいつずっとセラフィスさんやラプロスさんらと
訓練、訓練ばっかりだもんね」
プラーサが肩をすくめる。
「ほんと、それしかしてないんじゃない?」
ベラミカも苦笑する。
「でも……」
セーニャは小さく続けた。
「帰りがけに、聖教会の大聖堂に寄って……
声をかけてくれるんです」
ほんの少しだけ、頬が緩む。
「『セーニャ』って」
その一言に――
クラリスがくすっと笑った。
「確かにあいつ、不思議と昔から教会に行ってたのよね」
少し懐かしむような声音。
「昔はレイカさんが好きなのかと思ってたけど、
そんなこともなくて。ただ教会の場所が居心地いいって」
「それってセーニャに会いに行ってんじゃないの?」
プラーサが鋭く突っ込む。
だが――
「どうなんでしょう……?」
セーニャは少しだけ首を傾げる。
「いつも、他愛のない話で終わりますし……」
その声音は穏やかだったが、
どこか物足りなさも滲んでいた。
「イヴァンスも昔みたいに、はっきりした性格じゃなくなったんだよね」
クラリスがぽつりと漏らす。
「昔はストレートに物を言うタイプだったんだけど」
「確かに、言葉数が多いタイプじゃないわね」
ベラミカも納得したように頷く。
「でもさ――」
プラーサがにやりと笑う。
少しだけ身を乗り出して、セーニャを覗き込む。
「だからこそ、たまに名前呼ばれるのって――
余計にくるんじゃない?」
その一言に――
「……っ」
セーニャの肩が、ほんのわずかに揺れた。
視線が泳ぐ。
言葉が出てこない。
何も言えない。
けれど――
否定も、できなかった。
暖炉の火が、静かに揺れる。
その揺らめきの中で、
セーニャの頬だけが、ほんのりと赤く染まっていた。
誰も、すぐには口を開かない。
からかうことも、茶化すこともなく――
ただ、その空気を受け止めるように、静かな時間が流れる。
やがて、ぱちりと薪が弾けた。
その音をきっかけに、
張りつめていた空気が、少しだけほどけていく。
小さな笑いが、どこからともなくこぼれた。
他愛のない言葉が、また少しずつ重なっていく。
笑い声は、柔らかく。
温もりは、そのままに。
そして――
気がつけば、夜は静かに更けていく。




