小さな歓迎会
まずはセーニャだけ、巫女舞の件があるため、
レイカシスターのもとへ打ち合わせに向かっていた。
教会の扉をくぐると、外の冷たい空気とは打って変わって、
静かな温もりが広がっている。
石造りの壁に反響する足音すら、
どこか柔らかく感じられた。
「お待ちしておりました、セーニャ様」
レイカシスターが穏やかに迎える。
「本日はよろしくお願いいたします」
セーニャは軽く頭を下げ、そのまま奥へと進む。
新年祭の段取りはすでに大枠が決まっており、
この日は細かな確認と最終調整が主だった。
参拝者の導線、立ち位置、開始の合図。
どれも難しいものではないが、確実に合わせておく必要がある。
「こちらで問題ありませんね」
「はい、大丈夫です」
短いやり取りをいくつか交わし、確認は滞りなく進んでいく。
軽く一通りの動きをなぞり、最終確認も終えた。
余計な言葉は交わさない。
だが、それで十分だった。
「では、本番もよろしくお願いいたします」
「はい、こちらこそ」
深くは踏み込まない。
それでも、互いに理解し合っている空気がそこにはあった。
打ち合わせは滞りなく終わり、
セーニャは静かな礼拝堂を後にした。
外に出ると、再び冬の冷気が頬を撫でる。
遠くからは、村の賑わいが微かに聞こえてきていた。
夕刻。
村長の家では、ささやかながら歓迎会が開かれていた。
広間には料理が並び、温かな灯りが揺れている。
香ばしい匂いと、人の気配が満ちた空間。
外の寒さとは対照的な、賑やかな空気だった。
「……おいおい」
遅れてやってきたイヴァンスは、思わず立ち止まる。
「ここ、本当に村長さんの家か?」
以前の面影はほとんどない。
広さも、造りも、まるで別物だった。
梁は太くなり、壁も補強されている。
明らかに“迎えるための家”へと変わっていた。
その様子に、村長が苦笑する。
「はっはっは、驚くのも無理はない」
「今年から税を納めることになってな。
帝国の高官や聖教会の方々が来るようになった」
「その宿泊先として、改装したのだよ」
「……そうなんですか。それにしてもすごいな~」
イヴァンスはゆっくりと室内を見渡す。
どこか懐かしさを残しながらも、
確実に変わった村の姿に、少しだけ目を細めた。
変わったもの。
変わらないもの。
その両方が、確かにそこにあった。
「遅いわよ、イヴァンス君。婚約者を待たせちゃダメでしょ!」
プラーサがにやにやと笑いながらからかう。
「なっ……!」
イヴァンスは一瞬で顔を真っ赤にした。
「ち、違うだろ!」
「ほらほら、イヴァンス」
ベラミカがくすっと笑いながら手招きする。
「クラリスの横、あいてるから。そこ座りなさいよ」
完全に逃げ場はなかった。
「なっ……」
言葉に詰まるイヴァンス。
そこへ――
「あら、イヴァンス。私の横が嫌なの?」
クラリスがにやりと笑いながら、わざとらしく首をかしげる。
「い、いや……そういうわけじゃ……」
視線が泳ぐ。
周囲からくすくすと笑いが漏れる。
「ほら、早く座りなさいって」
ベラミカが背中を軽く押した。
観念したように歩み寄るイヴァンス。
クラリスの隣に腰を下ろすと、どこか落ち着かない様子で視線を逸らした。
そんな様子を――
セーニャが、くすくすと小さく微笑みながら見つめている。
その膝の上には――
「ぴぃ」
レックがちょこんと乗っていた。
小さな体を丸めながら、満足そうに鳴く。
その穏やかな光景が、場の空気をさらに和らげていた。
「レック、今日の泊まる場所は俺の家だからな。
母さんが会いたがってたぞ」
「ぴぃ!」
嬉しそうに鳴きながら、小さく羽をぱたぱたさせる。
その様子に、周囲から小さな笑いがこぼれた。
「イヴァンス君、先に食べてるわよ~」
セラフィスが口いっぱいに料理を頬張りながら声をかける。
すでに皿はかなり空いていた。
空になった皿や、飲み干されたジョッキがいくつも並んでいる。
「師匠、ちょっとは遠慮してくださいよ……」
ベラミカが呆れたように言うが、当の本人は気にもしていない。
「いいのいいの、こういうのは早い者勝ちなんだから!」
満面の笑みで言い切る。
その自由さに、誰も強くは言えない。
久しぶりの再会。
そして、それぞれの立場を忘れた、束の間の時間。
料理と会話が進み、場の空気は次第に落ち着いていく。
笑い声も、少しずつ穏やかなものへと変わっていった。
やがて――
「じゃあ、女性陣はこっちの部屋でゆっくりしましょ」
クラリスが立ち上がり、声をかけた。
「積もる話もあるでしょ?」
その言葉に、プラーサがぱっと表情を明るくする。
「いいわね、それ!」
セーニャも小さく頷いた。
ベラミカは一瞬だけセラフィスの方を見る。
「師匠は……?」
その問いに対して――
「……すぅ」
すでに、静かな寝息が聞こえていた。
「……寝てる」
いつの間にか、座ったままうたた寝している。
その前には、空になったジョッキがいくつも並んでいた。
「もう……飲み過ぎね」
ベラミカはため息をつく。
だが、その表情はどこか柔らかい。
「よっぽど楽しかったのね……」
小さく呟き、肩をすくめた。
そして――
「イヴァンス、今日最後の仕事よ。師匠を部屋まで連れて行ってね」
「ははは……了解です」
イヴァンスも苦笑しながら頷く。
ぐったりとしたセラフィスを見て、軽く頭を掻いた。
こうして女性陣は、少し離れた部屋へと移動していく。
賑やかな空間から一歩離れた先――
少し静かで、少しだけ距離の近い空間。
そこから、また別の“夜”が始まろうとしていた。




