セラフィスのわがまま
軍務卿の執務室。
重厚な空気の中――その均衡を崩すように、
セラフィス魔導士団長が頬を膨らませていた。
「ねぇ~、どうして私には話が来ないのよ~」
机に身を乗り出し、不満を隠そうともしない。
「普段、帝都から出るのですら許可がいるのよ?
それなのに、こんな面白そうな話を私に黙って進めるなんて……」
じっとりとした視線が突き刺さる。
「ねぇ――ディ・ハ・ン。何とか言ってみなさいよ」
その声音は甘い。
だが、滲み出る圧はまるで隠す気がない。
本来であれば、相手は軍務を統べる軍務卿。
軽々しく詰め寄っていい相手ではない。
――それでも。
セラフィスは一切の遠慮を見せなかった。
机に手をつき、わずかに身を乗り出す。
距離を詰めるその仕草は、まるで逃げ場を塞ぐかのようである。
「聞いてるの?ディハン」
名を呼ぶ声音すら、どこか楽しげだ。
上司に対する敬意。
本来必要とされる形式。
――そんなものは、この場において意味を持たない。
むしろ逆に。
このやり取りそのものが、
“彼女がどれほど規格外の存在か”を雄弁に物語っていた。
対するディハンは、顔色ひとつ変えない。
「……」
ただ沈黙を保ったまま、書類から視線すら上げない。
その態度に、セラフィスはさらに頬を膨らませるのだった。
「イヴァンスは故郷に帰っちゃうし……
ベラミカもついて行っちゃうし……」
執務室の中央にあるソファーへ、遠慮なくどさっと腰を下ろし、
ぶすっとした表情で天井を見上げる。
「私も行きたいんですけど?」
ぴたりと空気が止まる。
その一言だけは、わずかな冗談も含まれていなかった。
要するに――イヴァンスたちと共に、ストーン村へ行きたい。
ただそれだけの、実に単純な願いである。
だが。
その“単純な願い”を口にしているのが、
セラフィスであるという事実が、
場の空気を重くしていた。
彼女は、ただの魔導士ではない。
一歩間違えば、街一つを消し飛ばしかねない――
人間兵器と呼んでも差し支えない存在。
ゆえに。
セラフィスが帝都の外へ出るには、
厳格な許可と監督が必要とされる。
それは単なる形式ではなく、国家としての“制御”そのものだった。
そんな存在が、年末の地方へ“遊びに行きたい”と言い出しているのだ。
空気が凍りつくのも、無理はない。
「魔導士団長として、陛下に年始の謁見があるはずだが?
そちらはどうするおつもりだ?」
淡々とした問い。
だがその裏には、明確な牽制が込められていた。
セラフィスは一瞬だけ視線を逸らし――すぐに、にやりと笑う。
「直接、陛下に許可もらうわよ。
別に陛下なら、了解してくれると思うわよ?」
軽い口調。
だが、その言葉には妙な確信があった。
ディハンはわずかに眉を寄せる。
「……そうか」
短く応じると、静かに息を吐いた。
「仕方あるまい。
陛下には、私から話を通しておこう」
その一言に――
セラフィスの表情が、ぱっと明るくなる。
「さっすがディハン!話が早いわね!」
ぱん、と机を叩き、上機嫌で立ち上がる。
「じゃあ決まりね!私もストーン村、行くから!」
一方で、ディハンは再び書類へと視線を落としながら、
ごく小さく――ため息をついた。
「……やはり、こうなるか」
それは諦めにも似た、静かな独白だった。
そして――出発当日。
イヴァンス隊の面々が集合し、最終確認を終えようとした、その時だった。
「おっはよ~」
あまりにも場違いな、気の抜けた声が響く。
全員の動きが、一瞬で止まった。
振り返った先。
そこに立っていたのは――
「……は?」
イヴァンスの口から、間の抜けた声が漏れる。
「し、師匠……?」
ベラミカも目を見開いたまま固まっている。
当の本人は、そんな反応など気にも留めず、にこにこと手を振っていた。
「なに?その顔」
軽い足取りで近づきながら、首をかしげる。
「し、師匠……帝都を出る許可は……?」
恐る恐る問いかけるベラミカ。
その瞬間、セラフィスは胸を張った。
「もちろん、ちゃんと陛下とディハンにもらったわよ」
さらりと、とんでもないことを言ってのける。
「……はあ!?」
思わず声を上げたのはイヴァンスだった。
「うふふ、いいでしょ?」
くるりと一回転し、上機嫌で笑う。
「久しぶりの遠出だもの。
う~ん、楽しみ~」
その様子は、まるで遠足を前にした子供のようだ。
だが――その正体を知る者たちは、誰も笑えない。
「……軍務卿、止めなかったのかよ……」
ドキが呆然と呟くと、シルフィスが額を押さえた。
「止めたと思うわよ……全力で……」
遠い目をする。
イヴァンスがこそっとシルフィスに呟く。
「……あの人、許可なしで出たらどうなるんですか?」
「止める方法があると思う?」
イヴァンスは妙に納得したように頷いた。
「でも最終的に“許可した”ってことは……そういうことよ……」
全員が、同時に理解した。
――止めきれなかったのだ、と。
そんな空気など一切気にせず、セラフィスはぱん、と手を打つ。
「さあ、張り切って行きましょう!」
満面の笑み。
誰よりも楽しそうに。
そして――誰よりも危険な存在を加えて、
一行はストーン村へと向かうのだった。




