ストーン村へ集う者たち
年末も押し迫ったある日。
巫女舞の件で決まったストーン村への旅の準備が、着々と進んでいっている。
セーニャは校舎の廊下で、小さなスケジュール表を手に握りながら二人に声をかけた。
「ねえ、プラーサ、イヴァンス君……ちょっといい?」
プラーサとイヴァンスは振り向き、セーニャを見た。
「年末年始の予定を確認したくて。
実はね、ストーン村の教会から正式に依頼があって、
私、聖女として新年祭で巫女舞を踊ることになったの。
でね、プラーサも一緒にどうかと思って。
ベラミカ姉さんは昨日話したらオッケーしてくれたの。
イヴァンス君も里帰りの予定があるのだったら、ご一緒できたらと思って」
プラーサは目を丸くして、口をぱくぱくさせた。
「えっ、聖教会の代表としての巫女舞!?
すごいじゃない!
うわー、せーにゃの晴れ舞台だから絶対見たい。
今日パパにお願いする、だから返事明日で大丈夫?」
「大丈夫ですよ。イヴァンス君は?」
イヴァンスは軽く笑いながら、手元の予定表を広げた。
「俺はいつでもいいよ。セーニャの日程に合わせて一緒に帰郷する。
もともと帰るつもりだったからな」
プラーサがセーニャの耳元でこそっと呟く。
「お邪魔じゃないの?」
「ま、まさか!みんなと一緒に行きたいんです。
それにクラリスさんにも会えますしね」
「本当だね。ちょっと楽しみ」
イヴァンスはそのやり取りを、不思議そうに眺めていた。
だが、プラーサはこう見えても侯爵家令嬢であるため、
単に「行きたい」と言うだけでは済まなかった。
警護やお世話係の手配が必要となるのである。
帰宅したプラーサは、父親であるディハン公爵の書斎に向かった。
扉をノックすると、書類に目を通していた父が顔を上げた。
「パパ、年末年始だけどね。
セーニャがストーン村で巫女舞を踊るの。
聖教会の新年祭の催しものなんだって。
見に来ないかって誘われたんだけど、行ってもいい?」
ディハンは静かに頷き、書類を脇に置く。
「ふむ。私は陛下の年始の謁見があるので、
プラーサだけになるな。イヴァンス君も同行するのか?」
プラーサは笑顔で答えた。
「うん、里帰りするから一緒の日程で帰るって」
父は考え込むように額に手をやり、少し間を置いた後、慎重に言った。
「そうか……まあ、万が一があっても困るからな。
聖教会の聖女の警護の依頼も来るだろうから、
こちらからも侯爵家として警護の依頼をかけておく。
後はこちらで聖教会と日程調整をしておこう。
あと侍女も一人連れて行きなさい」
プラーサは小さく頷き、にこりと笑った。
「ありがとう、パパ!」
翌日、軍務卿は状況を確認した。
やはり予想通り、聖教会から近衛騎士団に対して警護依頼が来ていた。
あれだけ、
『イヴァンス君がおれば警護の依頼代金も浮くしの~。
その分はセーニャ、お主の正式な巫女舞の報酬として渡しておく。
年末年始くらい、楽しんでくるのじゃ』
と軽口を叩いていたリカルテオン教皇であったが、
ちゃんと警護の依頼はかけていたのである。
テオール枢機卿が
『教皇はセーニャには甘いですな』
と言っていたゆえんであった。
「さて、誰を行かせるか……」
イヴァンスが同行するとはいえ、
聖教会の聖女であるセーニャに何かあってはまずい。
そこで近衛騎士団から、
シルフィスとドキを正式に派遣することが決まった。
セーニャの安全を確保するとともに、
二人の息抜きも考慮した人選である。
呼び出された二人は、直立不動で軍務卿の前に立っていた。
「部隊長シルフィス、隊員のドキ。
両名参上いたしました」
「うむ。
君らには近衛騎士団の年末年始の
恒例行事である警護に当たってもらう」
ドキが、わずかに嫌そうな表情を浮かべる。
「ふむ、そんなに嫌か。
折角ストーン村に、私の娘と聖教会の聖女セーニャの警護であったのだがな。
新年祭でセーニャさんが巫女舞をするそうだから、
君たちの息抜きも兼ねてと思っていたのだが……
仕方ない、他の人選をするか……」
内容を聞いたドキは、慌てて言い訳をする。
「い、いえ!
私はくしゃみが出そうでしたので、
それを我慢していただけであります!」
「ふむ、ならこの命令を引き受けてくれるのだな」
シルフィスが間髪入れずに言う。
「ご命令、お受けいたしました!
それでは準備がありますので失礼します!」
軍務卿の気が変わらないうちに、二人は素早く退室していった。
実は年末年始は、貴族旅行の警護が近衛騎士団の恒例行事だ。
当たる貴族によって、騎士団に対する扱いが変わってしまうことは日常茶飯事である。
特に貴族派の貴族たちからひどい扱いをされるケースが多いため、
自然と騎士団の団員は皇帝派としての
立場を重んじるようになっていくのである。
偶然にも、ストーン村ではカイル公爵家も
家族で年末年始を過ごすことになっていた。
前年に保養地として別荘を建てており、
今回が本格的な利用となる。
公爵家の護衛にはコウラン副団長が随行予定となっている。
その知らせを受けたコウランは、深々とため息をついていた。
「……またか」
机に広げられた任務書を見つめながら、肩を落とす。
「公爵家の家族旅行か……。
……はあ、宰相の家族だから仕方ないか」
ぼそりと呟きながら、コウランは任務書を指で叩いた。
部下が気まずそうに視線を逸らす。
「公爵家ともなれば、最高位貴族だ。
護衛もそれ相応でなければ話にならん。
……副隊長クラスが引っ張り出されるのも当然、か」
肩をすくめる。
「侯爵家の方も部隊長が付くんだろう。
年末年始だろうが何だろうが、
こういう時だけは妙にきっちりしてやがる……」
小さく息を吐き、立ち上がる。
「……まあいい。格に見合った働きをしろ、ってことだろうな」
公爵家の護衛としての責務と、拭いきれない不安を胸に、
コウランは準備へと向かうのだった。
シルフィスたちとは好対照である。
こうして、プラーサの年末年始の旅行も正式に許可され、
侯爵家としての手続きが整えられた。
イヴァンス隊の面々による、小さな年末の旅が始まろうとしていた。
――だがその旅は、
ただの穏やかな帰郷では終わらないことを、
この時の彼らはまだ知らない。
それぞれの思惑と、
交わるはずのなかった縁が、
静かにストーン村へと集まり始めていた。




