帰還と、家族のはじまり
討伐隊は、母ドラゴンを台車に乗せ、
外からは分からないようシートをかぶせた状態で帰路についた。
野営地でその姿を目にしたドギが驚いたことは、言うまでもない。
野営地の撤収作業が進む中、レックも騎士団の面々に少しずつ慣れてきたらしく、
とくにマルティアになつき、じゃれついたり甘えたりしていた。
イヴァンスも微笑みながら、その様子を見守っている。
撤収を終えた討伐隊は、ストーン村へと戻ってきた。
グレッグ将軍とドギは、そのまま帝都へ帰還することになった。
母ドラゴンの遺体を村に置いたままにはできないこと、
そして外務卿たちへの報告が必要だったからだ。
一方マルティアは、
学術卿による村への初等教育導入がスムーズに進むかを調査するため、
ストーン村に残ることとなった。
イヴァンスは、無事に帰還したことを伝えるため、
クラリスの家を訪ねた。
イヴァンスの顔を見たクラリスは、
どこかほっとしたような表情を浮かべる。
と、そのとき。
クラリスはふと、イヴァンスの背後から
ひょっこりと顔をのぞかせているレックに気づいた。
「え、イヴァンス。なに、その子……かわいい~~♡」
「レックっていうんだ。ほら、レック。クラリスにあいさつしな」
じっとクラリスを観察していたレックは、
「ぴっ」と小さく鳴き、恐る恐る彼女のもとへ近づく。
クラリスがそっと頭を撫でてやると、警戒心が薄れたのか、
レックはそのまま頭をすりすりと擦り寄せてきた。
「いや~ん♡ イヴァンス、この子どうしたの?」
「ああ、これから俺が世話することになったんだ」
「ほんと? じゃあ、レック。私も一緒にお世話するね」
そう言って、クラリスはレックをぎゅっと抱きかかえた。
イヴァンスは苦笑しながら言う。
「はは……レック。クラリスのこと、気に入ったみたいだな。
村長さんや母さんにも見せてくるから、レック、おいで」
だがレックはイヴァンスをちらりと見ただけで、
ここから離れたくないと言わんばかりに、じっと見つめ返してくる。
「おいおいレック。いきなり女たらしか? まだ早いだろ……」
「うふ、レックは私といたいのよね~」
「ぴぃ~!」
「う……いきなりレックに負けてしまった……。
クラリス、それはないよ~~」
レックは、どこか勝ち誇ったような表情でイヴァンスを見ていた。
「く、くそ~、レック~~~!」
仕方なくイヴァンスは、
村長と母親のもとへはクラリスとレックも一緒に回ろうと提案した。
クラリスは終始ご機嫌だった。
イヴァンスとレックとともに家の奥にいた父――村長に声をかけ、
そのまま流れで、イヴァンスの家へとお邪魔することになったのだ。
「おばさ~ん、イヴァンスが帰ってきたよ」
「あら、おかえりイヴァンス。無事で何よりだよ。
……ん? クラリスちゃんが抱えているのは、何だい?」
「ああ、母さん。ドラゴンの赤ちゃんだよ。
レックっていうんだ。これから俺が世話することになったんだ」
レックは挨拶代わりとでも言うように、
イヴァンスの母の方を見て――
「ぴぃ」
「あら、かわいいじゃないか。レック、おいで」
レックは、イヴァンスのときには離れようとしなかったにもかかわらず、
母親の呼びかけには素直に応じ、抱かれに行った。
「レック~、ちょっと飼い主の扱い、酷くないか~」
再び、レックは勝ち誇ったような視線をイヴァンスへ向ける。
「家族が増えると、我が家もにぎやかになるね」
イヴァンスの母は、どこか嬉しそうに微笑んだ。
その頃マルティアは、
護衛のシルフィスと二名の騎士を伴い
ストーン村の教育事情について、村長から聞き取りを行っていた。
村長の話によれば、村に学校は存在せず、
クラリスだけが帝都から定期的に家庭教師を招いていたため、
読み書きができる状況だという。
そのため、クラリス以外の村人については、
識字に関してはほぼ期待できないのが実情だった。
また村長からは、
聖教会のレイカシスターが教養のある人物であることから、
彼女を中心に学校を開いてはどうか、という提案も出された。
教会が学校を兼ねる形であれば問題はないと判断し、
マルティアは早速、レイカシスターと話をするため教会へ向かった。
「あら、村長さん。こんにちは」
教会の中で、レイカシスターが穏やかに挨拶をする。
「シスター、今日は少し相談があってな。
こちらはマルティア王女だ」
「え……。こ、これは失礼いたしました。王女様」
「そこまでかしこまらなくて結構よ、シスター。
今日は、あなたにご相談があって来たの」
村長から提案された、学校設立の件についてである。
それはレイカシスターにとって歓迎すべき話ではあったが、
ひとつだけ問題があった。
「実は私……算数が苦手なんです。
最低限のことは何とかできますが、
人に教えられるほどではなくて……」
「……分かりました。
その点も含めて、学術卿に提案させていただきます。
まずは学校の設立を前提に動きましょう。
対象は村人全員を想定していますが、大丈夫ですか?」
「いえ……申し訳ありません。
教会の仕事もありますので、
学校の業務すべてを私一人で担うのは、少し……」
「その点も含めて、計画を練る必要がありますね。分かりました」
学術卿と詳細を詰めなければ、話は前に進まない。
マルティアはそう判断し、ひとまず教会を辞した。
イヴァンスの家を辞え、クラリスが村長の家へ戻ると、
玄関先に立つ護衛の一人が、静かに声をかけた。
「お帰りなさい、クラリスちゃん」
「……え?」
「あ、失礼。私はシルフィス。王女様の護衛よ」
それだけ告げると、
シルフィスは再び周囲へと視線を戻した。
クラリスは一瞬だけ振り返り、首を傾げながら家の中へ入った。




