感謝祭の巫女舞
年末。
学園では毎年恒例の感謝祭が行われていた。
一年の無事を神に感謝し、来年の加護を祈る行事。
帝国学園でも古くから続く伝統の祭りである。
広い中庭には多くの生徒が集まり、特設の舞台が設けられていた。
冬の澄んだ空気の中、ざわめきが広がっている。
やがて舞台の中央に、一人の男がゆっくりと歩み出た。
長い白衣に金の刺繍。
胸元には聖印の飾り。
帝国教会の頂点に立つ人物。
教皇リカルテオンである。
自然と周囲のざわめきが静まっていく。
リカルテオンは穏やかな目で生徒たちを見渡した。
「諸君」
落ち着いた声が中庭に響く。
「今年もまた、この感謝祭の日を迎えることができた」
「我らが一年を無事に過ごせたこと、神の加護に感謝しよう」
生徒たちは静かに耳を傾けている。
「この学園に集う若き者たちが、来年もまた健やかに学び、成長できることを願っている」
軽く頷く。
「それでは――」
少し間を置いた。
「神に捧げる巫女の舞を」
「始めよう」
舞台の奥へ視線を向ける。
「セーニャ」
「こちらへ」
その瞬間。
舞台の奥から、鈴の音が静かに響いた。
ちりん――
やがて、一人の少女がゆっくりと姿を現す。
白い上着。
赤い袴。
聖女だけが身にまとうことを許された巫女装束。
長い袖が風に揺れ、手には神楽鈴。
セーニャだった。
その姿を見た瞬間――
中庭にいた生徒たちの空気が変わった。
思わず息をのむ者もいる。
セーニャは静かに舞台の中央へ進む。
そして一礼した。
しゃん……
鈴が鳴る。
ゆっくりと腕を上げ、舞が始まった。
派手さはない。
だが、その一つ一つの所作があまりにも美しい。
白い袖が弧を描き、赤い袴が静かに揺れる。
澄んだ鈴の音が、冬の空気に溶けていく。
誰も声を出さない。
ただ――見入っていた。
特に男子生徒たちは完全に目を奪われている。
バリンスもその一人だった。
腕を組みながら、感心したように頷く。
「いやあ……」
しみじみと呟いた。
「まさに俺の嫁のためのような女性だよな~」
隣のカデフが吹き出した。
「また始まったぞ」
しかしバリンスは気にしない。
「顔もいいし、性格もいい」
「しかも政治経済と歴史の成績はトップクラス」
うんうんと満足そうに頷く。
「俺が将来、帝国の内政に関わる時の参謀としては申し分ないよな~」
完全に自分の未来設計にセーニャを組み込んでいた。
その時だった。
背後から冷たい声が飛んだ。
「へえ?」
バリンスが振り向く。
そこには腕を組んだプラーサが立っていた。
にやりと笑う。
「ずいぶん都合のいい未来を考えてるのね」
バリンスは肩をすくめた。
「当然だろ? あれだけの逸材だ」
「俺の隣に立つ女性としてはぴったりじゃないか」
するとプラーサは大きくため息をついた。
そして指をびしっと突きつける。
「女にも選ぶ権利ってものがあるでしょ」
バリンスが眉をひそめる。
「は?」
プラーサは口を尖らせた。
「残念だけどね」
にやっと笑う。
「セーニャが、あなたなんかになびくことは――」
わざと間を置く。
そして舌を出した。
「絶対ないわよ。べー」
周囲からくすっと笑いが漏れる。
バリンスの顔が引きつった。
「な、なんだと……!」
だがプラーサはもう興味を失ったように舞台へ視線を戻す。
そこではまだ、セーニャの舞が続いていた。
白と赤の巫女装束が、冬の澄んだ空気の中で優雅に舞う。
その姿に――
学園の多くの生徒が、しばらく言葉を失っていた。
もちろん、それはイヴァンスも同じだった。
腕を組んだまま、舞台をじっと見つめている。
視線は完全にセーニャに向いていた。
その横で、プラーサがにやっと笑う。
「ねえ」
イヴァンスの顔を覗き込む。
「イヴァンス、感想は?」
突然話を振られ、イヴァンスがびくっと肩を揺らした。
「え?」
慌ててプラーサを見る。
「な、なんだよ急に」
プラーサは舞台を顎で指した。
「セーニャの舞よ」
「どう思ったの?」
イヴァンスは少し口を開き――
そして言葉に詰まった。
「あ、ああ……」
視線が泳ぐ。
何か言おうとして、結局言葉が出てこない。
ごまかすように顔を赤くすると、そのまま舞台へ向き直った。
プラーサはその様子を見て、にやりと笑う。
「ふーん?」
その時だった。
イヴァンスの腕の中から、小さな声が聞こえる。
「ぴ、ぴ!」
レックだった。
イヴァンスの腕の中で身を乗り出し、
舞台のセーニャを見上げている。
「ぴ、ぴ!」
嬉しそうに鳴いた。
まるで舞を喜んでいるかのようだった。
イヴァンスは思わず苦笑する。
「お前もかよ」
レックは気にせず、また鳴いた。
「ぴ!」
やがて――
しゃん……
最後の鈴の音が静かに響いた。
セーニャはゆっくりと腕を下ろす。
そして舞台の中央で、静かに一礼した。
その瞬間。
中庭に大きな拍手が広がった。
「おお……」
「すごかった……」
「きれいだったな……」
男子生徒の多くは、まだ少しぼんやりした顔をしている。
完全に見惚れていたのだ。
イヴァンスの腕の中では、レックが満足そうに体を揺らしていた。
「ぴ、ぴ!」
白と赤の巫女装束が、冬の空気の中で揺れた。
その姿を――
多くの生徒たちが、まだ名残惜しそうに見送っていた。
舞台から退場する直前。
セーニャは教皇に一礼する。
そして舞台の端へ歩き出した。
その途中――
ふと、視線が客席へ向く。
一瞬だけ。
セーニャの目が、イヴァンスを見つけた。
そして――
ほんのわずかに微笑む。
次の瞬間には、もう聖女としての静かな表情に戻っていた。
そのままセーニャは舞台の奥へと消えていく。
「ぴ?」
レックが不思議そうに首をかしげた。
イヴァンスはしばらく舞台を見つめたまま、ぽつりと呟く。
「……気のせいか?」




