再びリーパル
蒸気がほとんど晴れた訓練場で、マルティア王女が険しい表情で立っていた。
焦げ跡だらけの床。
ひびの入った壁。
天井からはまだ細かな石片がぱらぱらと落ちている。
そして中央には、爆発の余韻のような湿った熱気が漂っていた。
その光景をゆっくり見渡したあと、マルティアは低く鋭い声で言った。
「……一体、何をやっていたのですか」
静かな声だったが、その奥にははっきりと怒りが滲んでいる。
訓練場にいた者たちは、思わず背筋を伸ばした。
そんな中で、セラフィスだけが気軽な様子で肩をすくめた。
「いやぁ、ちょっとイヴァンス君の訓練をしてただけよ」
軽い調子でそう言う。
だがマルティアは即座に言い返した。
「訓練……?」
ゆっくりと視線を周囲に巡らせる。
焦げた地面。
崩れかけた壁。
蒸気に包まれた空間。
そして再び、セラフィスをじっと見つめる。
「よく言うわよ。これって破壊でしょ」
その一言に、ベラミカが小さくため息をついた。
周囲の状況を見れば、どう考えても“訓練”の言葉では済まない惨状である。
マルティア王女の鋭い視線は、完全にセラフィスに向けられていた。
「セラフィス様」
普段よりも一段低い声で、重く告げる。
「まさか学園を破壊するおつもりではありませんよね?」
セラフィスは少しだけ目をぱちぱちさせた。
「え~、そんなつもりはないわよ」
軽く手を振る。
「現に訓練で使ってたのは炎の人形だけだったし」
あっけらかんと答える。
だがマルティアの眉が、ぴくりと動いた。
「なら、なぜこんな惨状になるのです」
セラフィスは一瞬だけ視線を泳がせる。
「いや、ただ、その……」
少しだけ困ったように頬をかく。
「炎と水が合わさったら爆発しただけで……」
その場にいた何人かが、同時に視線を逸らした。
マルティアは深く息を吸い――
ぴしりと言い放った。
「言い訳は通用しません」
訓練場の空気が、一瞬で引き締まる。
マルティアは一歩、セラフィスに近づいた。
「以後、自重してください」
その声には、王女としての責任がはっきりと込められていた。
「ただでさえ、魔導士団は評議会で“問題あり”と度々議題に挙がっているのです」
セラフィスの肩が、ぴくりと動く。
マルティアはさらに続けた。
一語一語、はっきり区切って。
「よ・ろ・し・い・で・す・ね?」
かなりきつく、マルティアはセラフィスを諭した。
数秒の沈黙。
そして――
「ごめんなさ~い」
セラフィスはしょんぼりと肩を落とした。
まるでいたずらをして親に怒られた子供のような顔である。
視線を逸らし、指先で自分の髪をくるくるといじっている。
普段の大魔導士としての威厳は、どこにもなかった。
その様子を見て、ベラミカが小さく額を押さえる。
「……本当に反省してるんですか?」
「してるわよ~」
気の抜けた声で返すセラフィス。
だがその直後、マルティアがさらに鋭い視線を向けた。
「“本当に”ですよ」
セラフィスはぴしっと背筋を伸ばした。
「はい」
今度の返事は、いつになく素直で迷いのない響きだった。
マルティアはその横でリーパルに向き直り、鋭い眼差しを向ける。
「リーパル様、少しはっきりさせた方がよろしいようですね。
私、グレッグ将軍と正式にお付き合いをさせていただいております。
もちろん結婚前提のお付き合いです。
ですので、リーパル様、以後この件で私に関わることはおやめいただきたいのです」
その声には迷いはなく、凛とした決意が滲んでいた。
少し俯きながら笑みを浮かべるリーパル。
「マルティア様……まだ結婚したわけじゃないってことは――」
くるりと回り、指をびしっとマルティアに向けて言う。
「まだ私が落とすチャンスを残してくれてるわけですね……」
少し間を置き、眉をぴくりと動かしながら呟く。
「ああ、マルティア様……あなたはなんて私をこれほどじらすのでしょう」
さらにうっとりとした表情を浮かべ、声を低く響かせる。
「その、じらされた愛……しかと受け止めました」
周囲にいた者たちは、思わず絶句する。
セラフィスは眉をひそめ、目を丸くしながら呆れた声で言った。
「……えっと、リーパル? あの……何を言ってるの……?
今、すっごく大事な話してるのに、全然聞いてないよね?
ていうか、理解してるの……? え、ほんとに?」
さらに両手で杖を握り、辛辣に天然を炸裂させる。
「マルティア様、この人、消しちゃった方がいいんじゃない?
私、手を貸してあげるわよ」
マルティアは険しい表情のまま、セラフィスに向けて静かに言う。
「セラフィス様、これ以上は言わないでください」
リーパルは人の話など一切耳に入れず、そのまま得意げに立ち去った。
リーパルが立ち去ったあと、残ったのは少し赤らんだ顔で固まるグレッグ将軍の姿だった。
マルティアから、正式にお付き合いしていることを本人から言われたのだ。
将軍は言葉に詰まり、頬を真っ赤に染めたまま、何もできずに固まってしまう。
その様子を見たセラフィスが、天然の突込みを入れた。
「え、やっぱりマルティア様とグレッグ将軍って付き合ってたんだ。
魔導士団や近衛騎士団のみんなに報告しなくっちゃ!」
「ちょ、セラフィス殿! それは勘弁してくれ! 絶対にやめろ!」
グレッグ将軍は必死に慌てながら、セラフィスの腕を押さえて止める。
頬を赤く染めたまま、必死に言葉を探す将軍の姿に、周囲は思わず微笑んでしまった。
ほのぼのとした空気が、訓練場に残ったメンバーに少しだけ流れた瞬間だった。




