クラリスの帰郷と賑やかな見送り
帝都のニコラ商会前には、見送りの人々が集まっていた。
クラリスがストーン村に帰る日。
イヴァンス、セーニャ、ベラミカ、プラーサ、そしてニコラ会長も見送りに出てきている。
ニコラ会長がメイト店長に向かって言った。
「メイト店長、クラリスちゃんのこと、よろしく頼むで~」
「はい、会長。任せてください」
メイトは丁寧に頭を下げた。
「イヴァンス君、まさか学生であそこまで健闘するとはな。
村で教えた甲斐があったというものだ。今後も頑張れよ」
メイトはそう言って、イヴァンスを励ますのだった。
「メイトさん。ありがとうございます。今後も頑張ります」
一方クラリスは、セーニャと何やら小さな声で話をしている。
「セーニャ、頑張りなさい。いい報告、待ってるわよ」
クラリスはウインクをしてセーニャを励ました。
セーニャは一瞬だけ驚いたように目を瞬かせ、
それから少し照れたように笑った。
「クラリスさん、ありがとう。今度、手紙を書きますね」
「うん、待ってるよ」
そのやり取りを、イヴァンスは少し離れた場所から
不思議そうな顔で見ていた。
だが何を話しているのかまでは聞こえない。
セーニャはふとその視線に気付き、
ほんの一瞬だけ視線を逸らした。
そしてすぐに、何事もなかったように微笑んだ。
レックは、クラリスに小さく寂しげに鳴いた。
普段ならセーニャに甘えるところだが、
今日はクラリスの腕の中から離れようとせず、
体をすり寄せている。
クラリスは微笑みながら、そっと頭を撫でた。
「ふふ、レック。イヴァンスのこと、ちゃんと見張ってるのよ」
「ぴぃ~」
レックは小さく鳴くと、
今度はちらりとイヴァンスとセーニャの方を見た。
まるで、何かを分かっているかのように。
「そうだ、みんな。長期休みに入ったら一度ストーン村においでよ。
歓迎するわよ」
「いいわね~。年末の休みにみんなで行きましょ」
ベラミカが答える。
プラーサもセーニャも同意している。
その時、ライブリオ隊の面々が自然な足取りで馬車の横に近づいてきた。
「クラリスちゃん。村までは俺たちが付き添おうか~」
誰に頼まれたわけでもないが、
護衛を申し出るその姿には、少し茶目っ気が垣間見えた。
イヴァンスは少し苦笑しながら、嫌味を交えて言う。
「ライブリオさん、クラリスに手を出さないでくださいよ。
俺の婚約者なんだから」
ライブリオはにやりと笑い、肩をすくめる。
「何言ってんだ。まだ結婚してないんだから俺にもチャンスあるってもんだろ?
取られたくないんだったら、ちゃんと囲っとけ!」
クラリスはさらっと突っ込む。
「ライブリオさん、冒険者ギルドに依頼すれば、
Aランカーのあなたは貴族の侯爵以上が頼むレベルの報酬を要求するでしょう?
そんなお金、私にはありませんから!」
ライブリオは笑いながら肩をすくめ、
イヴァンスを軽く見やる。
「ほう、じゃあ遠慮なく、俺の友情と愛情だけで護衛やってやるぜ」
クラリスは舌を出して冗談めかしに断る。
「そんな下心見え見えの護衛なんて結構です。べ~」
ライブリオは少し焦ったように手を広げ、困った声で言った。
「そ、そんな~クラリスちゃん。同行ぐらいさせてよ~」
ネーミア、カンサルも横で笑っている。
「どうせ我々もアーカットに戻るんだから、ついでだよ。
旅は道連れ世は情けっていうだろ?」
カンサルがそれとなくフォローする。
「ま、せいぜいちゃんと護衛をするのね。カンサル」
ベラミカがカンサルに突っ込む。
「当然だろ。クラリスちゃんには宿場でお世話になってんだから」
クラリスがイヴァンスの方を向いて、真剣な眼差しで言う。
「イヴァンス、浮気したら承知しないからね~」
その言葉に、イヴァンスは一瞬きょとんとした顔になる。
(え? なんで急に浮気の話?)
子供のころから何度も話してきたことだ。
クラリスも理解していると思っていた。
だからイヴァンスは、特に深く考えもせず――
いつもの調子で、ぽろっと口にしてしまった。
「一人だけ、女の子を好きになるのは許してねってのは無効なの?」
言った瞬間、周囲の空気が止まった。
イヴァンスはその様子を見て、ようやく首を傾げる。
(……あれ?)
その言葉の意味を理解した女性陣の視線が、
一斉に突き刺さった。
「へ~。イヴァンス、恋人に浮気宣言するんだ~。
サイテーな男だったのね……」
ベラミカは軽蔑の眼差しでつぶやく。
プラーサも声を出して笑う。
「ふ・け・つ~」
セーニャはくすくすと横で笑っている。
だが、ほんの少しだけ視線がイヴァンスに向いていた。
ライブリオが腕を組んで、誇張気味に声を張り上げる。
「イヴァンス? お前ってクラリスちゃんに浮気宣言してんのか?
ありえね~! クラリスちゃん、こんなやつ見切りつけて、
俺のところに来なよ!」
クラリスは冷静に、にこりと笑い返す。
「おあいにく様。私は受け入れてるから、もう遅いわよ!」
「え? 浮気オッケーなの!?
イヴァンス! クラリスちゃんと婚約しながら
他の女にも手を出すとな!? 何様だ!」
泣きそうな顔になりながら抗議するライブリオだった。
クラリスはくすくすと笑いながら、話題を変えるように言った。
「ふふ。
そうそう、イヴァンス。
学園の長期休暇になったらストーン村に帰ってきなさいよ。
おばさん、待ってるんだから」
「あ、ああ。母さんにもよろしくなクラリス」
「さ、レック。セーニャさんの所に行きなさい」
クラリスはレックをセーニャに渡す。
レックはセーニャの腕に収まると、
小さく「ぴぃ」と鳴いた。
その視線は、なぜかイヴァンスの方に向いている。
セーニャはそれに気付いて、
思わず小さく笑った。
「……見張り役、交代ですね」
そして突然、クラリスはイヴァンスに近づき――
ほっぺに。
「ちゅ!」
イヴァンスは顔を真っ赤にして、その場で固まってしまった。
一瞬、その場の空気が止まった。
「うわ~、見せつけるわね」
ベラミカが感心したように言う。
セーニャは驚いたように目を丸くしたあと、
くすっと小さく笑った。
だがその腕の中で、レックがまた小さく鳴いた。
「ぴぃ」
まるで、何かを確かめるように。
見送りの場面は、笑いと少しの照れが混ざった、
温かく賑やかな空気に包まれていた。
馬車はゆっくりと動き出す。
街道の先には、クラリスを護るライブリオの姿が自然に並び、
イヴァンスは無意識にクラリスの方を気にしながら、その背を見送った。
そしてセーニャの腕の中で、
レックだけが静かにその様子を見ていた。




