表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
追放された悪役令嬢のパン革命 ~聖女の『岩パン』より、私の『ふわふわパン』がもふもふ獣人王国の救世主になりました~  作者: 月雅


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

9/10

第9話 決戦! フルーツサンドは宝石の輝きで、元婚約者を黙らせます

国境の平原に漂うのは、血の匂いではなく、どこか懐かしく甘い香りだった。


「うめぇ……なんだこの黒い餡は……」

「甘い……疲れが吹き飛ぶ……」

「もう戦いたくない。俺、ここで畑を耕して暮らしたい……」


ロイヤル王国の誇る聖騎士団三千名は、完全に無力化されていた。

剣を捨て、兜を脱ぎ、地面に車座になって『あんぱん』を頬張っている。


彼らは「聖なる硬いパン」しか食べてこなかった人々だ。

薄いパン生地の中から溢れる、しっとりとした小豆の甘さと、『タウロスミルク』のコク。それが彼らの荒んだ心を優しく溶かしてしまったのだ。


「……勝負ありだな」


隣に立つ獣王レオンハルト様が、呆れたように、しかし満足げに鼻を鳴らした。

その金色の尻尾は、勝利の喜び……というより、「余も早くあのあんぱんを食いたい」という欲求で落ち着きなく揺れている。


「はい。お腹がいっぱいになって、美味しいものを食べれば、人は争う気力をなくすものです」


私はワゴンを押し、敵の本陣――カイル王子と聖女リリィが乗る豪華な馬車へと歩みを進めた。


「待て、アメリア。危険だ」


「大丈夫です。今の彼らに、私を傷つける力はありません」


レオンハルト様は渋々といった様子だが、万が一のために抜身の剣を提げ、私の護衛としてぴったりと寄り添ってくれる。


馬車の周囲だけは、まだピリピリとした空気が残っていた。

カイル王子と聖女リリィ、そして数名の側近たちだけが、プライドが邪魔をしてあんぱんを食べられず、こちらを睨みつけている。


「……アメリア!」


私が近づくと、カイル王子が馬車から転がり落ちるようにして降りてきた。

その顔はやつれ、目は血走っている。

空腹と屈辱、そして漂ってくる甘い香りの拷問に耐えきれなくなっているのだ。


「よくも……よくも私の騎士団を! 卑怯だぞ、毒を盛るとは!」


「毒ではありません。ただの餡子です」


私は冷淡に告げた。


「兵士の皆様を見てください。毒で苦しんでいるように見えますか? 皆さん、久しぶりの『柔らかい食事』に涙を流して喜んでいらっしゃいますよ」


「ぐぬぬ……っ!」


カイル王子は言葉に詰まった。

彼の視界の端では、厳格だったあの騎士団長でさえ、口の周りを餡子だらけにして「幸せだ……」と空を仰いでいるのだから。


「アメリア様! このふしだらな魔女め!」


聖女リリィも馬車から降りてきた。

彼女は悔しさで顔を真っ赤にし、杖を私に向けている。


「パンとは、神が与えた試練! 硬く、味気なく、咀嚼することで信仰心を試すものなのです! それを、こんな……空気を食べているような軟弱なものに変えるなんて、神への冒涜ですわ!」


彼女の主張は、この国では絶対の正義だった。

けれど、もうそのメッキは剥がれかけている。


「リリィ様。……食べることは、試練ではありません。幸せであるべきです」


私はワゴンの上の保冷箱を開けた。


「兵士の皆様には『あんぱん』をお配りしましたが……お二人には、特別なお品をご用意しました」


ひんやりとした冷気と共に取り出したのは、真っ白な食パンに、色とりどりの果実を挟み込んだ『フルーツサンド』だ。


「……な、なんだそれは」


カイル王子の目が釘付けになる。


真っ白で、耳まで切り落とされた食パン。

その間には、雪のように白い生クリームがたっぷりと。

そして、そのクリームの中に埋め込まれているのは、ルビーのように赤い『宝石イチゴ』、黄金色の『スターマンゴー』、エメラルドのような『森のキウイ』。


断面の美しさは、まさに食べる宝石箱。


「『宝石のフルーツサンド』です。パンは極限まで柔らかく焼き上げ、クリームは甘さを控えめにし、果実の酸味を引き立てています」


ゴクリ。


カイル王子の喉が鳴った。

リリィも、杖を持つ手が震えている。

彼女たちが食べているレンガのような『聖岩パン』とは、次元が違う食べ物だということは、見ただけで分かる。


「さあ、どうぞ。毒見が必要なら、私が先に食べますが」


「い、いらん! 私が毒見をしてやる!」


カイル王子は我慢の限界だった。

私の手からフルーツサンドをひったくると、大口を開けてかぶりついた。


パクッ。


その瞬間、戦場に静寂が訪れた。


カイル王子の動きが止まる。

彼の手から、食べかけのサンドイッチが滑り落ちそうになり、慌てて両手で支える。


「……」


「カイル様? いかがですの、すぐに吐き出してくださいまし! そんなふにゃふにゃしたパン!」


リリィが叫ぶが、カイル王子は聞こえていないようだった。

彼の目から、大粒の涙がボロボロとこぼれ落ちたのだ。


「……嘘だ」


震える声で、彼は呟いた。


「パンが……消えた。クリームと一緒に、舌の上で溶けて……果実の果汁が弾けて……」


彼は泣きながら、二口目を食べた。


「甘い。冷たい。優しい……。俺は今まで、何を食べていたんだ? あんな、煉瓦のような塊をありがたがって……こんなに美味いものが、この世にあったのか……」


「カイル様!?」


「リリィ、お前も食ってみろ……。我々が信じていた『正義』が、いかに虚しいものだったか分かる」


カイル王子に促され、リリィも恐る恐る、サンドイッチの切れ端を口にした。


ハムッ。


彼女の表情が凍りついた。

そして次の瞬間、杖を取り落とし、その場に膝から崩れ落ちた。


「あ……ありえませんわ……。パンが、こんなに美味しいなんて……。私の焼くパンが、まるで石ころみたいじゃないですか……!」


彼女のプライドである「聖なる硬いパン」が、たった一口のフルーツサンドによって粉砕された瞬間だった。

彼女は泣き崩れ、その場でサンドイッチをむさぼり始めた。

もう、聖女の威厳など欠片もない。


「勝負あったな」


レオンハルト様が、冷ややかに告げた。


「カイル王子。貴様の負けだ。兵士たちは戦意を喪失し、貴様ら自身も、アメリアのパンに屈服した」


「……ぐぅっ」


カイル王子は、口元のクリームを拭い、私を睨んだ。

いや、その目は睨んでいるのではない。

縋るような、未練がましい目だった。


「アメリア……戻ってこい」


「はい?」


「お前を追放したのは間違いだった! 許してやる! だから国に戻って、毎日私のためにこのパンを焼け! そうすれば、再び婚約者にしてやってもいいぞ!」


この期に及んで、まだそんなことを。

私は呆れてため息をつこうとしたが、それより早く、隣の獣王が動いた。


ドォォォン!!


レオンハルト様が地面を踏み抜いた音だ。

大地が揺れ、カイル王子が尻餅をつく。


「……聞き捨てならんな、人間」


レオンハルト様が、私を背に庇い、カイル王子を見下ろした。

その全身から放たれる覇気は、先ほどまでの「あんぱん食べたいオーラ」とは別人のものだ。

本物の、獣王の怒り。


「許してやる、だと? アメリアがお前に許しを請うことなど何一つない。お前たちが勝手に彼女の才能を否定し、捨てたのだ」


彼は私の肩を抱き寄せた。


「拾ったのは余だ。彼女の価値に気づき、その手を取り、愛したのは余だ。今更返せと言われても、もう遅い」


「なっ……愛だと!? 野獣ごときが!」


「野獣で結構。……だが、余はこの国の誰よりも、アメリアのパンを愛し、アメリア自身を大切にしている自信がある」


レオンハルト様は、私に向き直り、皆の前で――三千人の兵士と、カイル王子の前で、私の手を取った。


「アメリア。お前はもう、余のつがいだ。……いや、この国の王妃となる女だ。そうだろ?」


「……っ!」


こんな大勢の前で宣言されるなんて聞いていない。

顔が沸騰しそうだったけれど、胸の奥から熱いものが込み上げてきた。


「はい……レオンハルト様。私は、あなたとこの国を選びます」


私はカイル王子に向き直り、はっきりと告げた。


「カイル様。私はもう、あなたの婚約者ではありません。私はこの国で、パン職人として、そしてレオンハルト様のパートナーとして生きていきます」


「そ、そんな……アメリア……」


カイル王子は絶望に顔を歪めた。

美味しいパンを失ったことへの後悔か、それとも私自身への未練か。

きっとその両方だろうけれど、もう私の心は動かなかった。


「……撤収だ!!」


カイル王子が、涙声で叫んだ。


「これ以上ここにいても、恥を晒すだけだ! ……おい、そこの兵士! 余ったあんぱんを全部馬車に積め! 持って帰るぞ!」


「セコい……」


ボソッと誰かが呟いたが、カイル王子はなりふり構っていられなかったようだ。

プライドよりも食欲が勝ってしまった元王子。


「待ってください」


私は撤収しようとするカイル王子に声をかけた。


「……お土産です」


私はワゴンに残っていたパンを全て、紙袋に詰めて渡した。


「『食パン』一斤と、『あんぱん』の詰め合わせです。……国に帰ったら、国民の皆様にも、もっと柔らかくて美味しいパンの焼き方を広めてあげてください。レシピも入れておきますから」


「……なっ!?」


カイル王子は目を見開いた。


「敵に塩を送るというのか?」


「いいえ。パンを送るんです。……美味しいものを食べている時は、誰もが笑顔になります。私は、私の故郷の人たちにも、歯が折れるような思いをしてほしくないだけです」


カイル王子は震える手で紙袋を受け取った。

その中から漂う優しい香りに、彼の表情が歪み……そして、深く頭を下げた。


「……すまなかった」


蚊の鳴くような声だったが、確かに聞こえた。

彼は逃げるように馬車に乗り込み、聖女リリィもそれに続いた。


兵士たちは、名残惜しそうに獣人の兵士たちと握手を交わし、

「また来るよ!」「今度はジャムを持ってきてくれ!」と約束しながら去っていった。


戦争は終わった。

血を一滴も流すことなく、小麦粉と砂糖とバターの力で。


「……見事だ、アメリア」


レオンハルト様が、私の頭をポンポンと撫でた。


「お前は本当に、最強の魔女だな。人間の国まで骨抜きにしてしまうとは」


「ふふっ。美味しいものは、国境を越えるんです」


夕日が沈む平原に、穏やかな風が吹いた。

それはもう、血の匂いではなく、甘く香ばしい、平和の匂いがした。


「さあ、帰ろうアメリア。城に戻ったら、戦勝祝いだ」


レオンハルト様が私の腰を引き寄せ、耳元で囁く。


「……そして、忘れていないな? さっきの『王妃となる』という言葉を」


「えっ……」


「言ったはずだ。余は、お前を一生離さないと。……城に戻ったら、覚悟しておけよ」


彼の瞳が、夕日よりも赤く、熱っぽく燃え上がっている。

戦争は終わったけれど、私にとっては、これからが本当の意味での「戦い(甘い駆け引き)」の始まりのようだった。


「……はい、レオンハルト様」


私たちは寄り添いながら、もふもふの国民たちが待つ獣人の国へと歩き出した。

幸せな結婚式まで、あと少し。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ