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工事現場

作者: 通りすがり

悠真は手元にあったスマホを取ってその画面を見る。時間は23時を過ぎていた。

朝から一日中外回りをしていたため悠真は仕事を終えたときには疲れきっており、19時ごろに家に帰るとそのままソファーに倒れ込んだ。寝るつもりはなかったが、どうやらそのまま眠ってしまったらしい。

晩飯を食べずに寝たためか強い空腹を感じる。悠真は何か食べられるものがないか冷蔵庫を開けた。

冷蔵庫の中は空っぽで水のペットボトルや調味料しか入っていない。悠真はやっぱり何もないかと一人呟いた。

一人暮らしの悠真はあまり自炊をする習慣がないため、そもそも家に食料品がないことは分かっていた。元々ソファーで一休みした後には近くの定食屋に晩飯を食べに行くつもりでいた。

だが、この時間では定食屋はすでに閉まっているだろう。

このまま再び寝てしまおうかとも考えたが、どうにも腹が空いて我慢できそうもない。

悠真はやむを得ず、近所のコンビニに行くことにした。

近所と言っても悠真の住むマンションの周辺にはコンビニはなく、一番近くでも最寄りの駅前にしかない。駅までは自転車で10分くらいの距離だった。

家を出るとコンビニに向かって自転車を漕ぎ出した。夜中の人通りが全くない道は、自然と自転車を漕ぐ足にも力が入る。

しばらく道を進むと高速道路が見えてくる。都心へと繋がるその高速道路は、夜中にもかかわらず多くの車が走行しているようだ。駅は高速道路の向こう側にあるため、その高速の高架下を通る必要がある。

ちょうど高速の下を抜ける道がある辺りで橋桁の補修工事を行っているらしく、一週間ほど前から足場が組まれていた。

もう少しで高架下というところで、ふと視界にその足場の上で動くものを見たような気がした。

自転車を漕ぎながらその動くものが見えたあたりをよく見ると、それはいた。

それはよく見ると人のように見える。今、悠真がいる位置からはでは全身をはっきりとは確認できないが、黄色いヘルメットに作業服をつけているように見える。どうやらこの現場の工事関係者らしい。

しかし、こんな時間に明かりもない中でいったい何をしているのだろうか。

悠真は気になり、その作業員の様子を伺いながら高架下に近づいていく。

その作業員は頻りに右を向いたり左を向いたりしているが、悠真の位置からでは何をしているのかは、まったくわからない。

高架下に近づくにつれだんだんと作業員の姿は見えなくなり、高架下まで来ると足場の陰に隠れてしまい作業員の姿は完全に見えなくなってしまった。

悠真は作業員がこんな時間に一人で何をしていたのかが気にはなっていたが、ここで立ち止まっていてもどうしようもない。そう考えると、悠真はコンビニに向かって再び自転車を漕ぎ始めた。


コンビニからの帰り道、高架を通り過ぎしばらく自転車を走らせていると、先ほど見た作業員のことを思い出していた。

悠真は来た道を振り返ると、橋桁に組まれた足場を見る。

すると、作業員の姿はすぐに見つかった。作業員は先ほどと同じ場所で同じような行動をしている。

本当にあれは何をしているのだろうか。

そう思ったときにポケットに入れていたスマホから大きな音が鳴り響く。

それは静まり返った夜道に響き渡った。

慌てて電話を取るとそれは会社の上司からの電話だった。午前中に客先に訪問する際に必要な書類があるから朝一で準備をしてほしいとの内容だった。

電話を終えた悠真は橋桁の足場に再び目を向けたが、その時にはすでに作業員の姿は見えなかった。目を離したのは少しの間だけだった。だがその少しの間で作業員の姿は見えなくなった。

悠真は気になり、来た道を戻って工事現場のあたりまで行ってみた。

そこには鉄柵が設置されており、中には入れないようになっている。鉄柵の隙間から中を覗き見たが、動くものは何もない。

その場から上を見上げると、さきほどまで作業員がいたと思われる足場が見える。

作業員が足場から降りてきたとしてここにいるならおかしくないが、この辺りには誰のいる気配もなかった。

しばらくそうしていたがやはり誰もいない。悠真が来るまでの間にどこかに移動してしまったのか。

「なにをしている」

突然背後から怒っているような咎めるような声が聞こえた。

驚いて振り返ると、警備員ふうの服装をした年配の男性がこちらを向いて立っていた。

「いや、ちょっと、、、」

しどろもどろに答える悠真を不審の目で見つめる警備員ふうの男。

「夜中に工事現場に忍び込んで工具や資材を盗む輩がいるから、こうして定期的に巡回しているんだが、もしかして君がそうなのか」

悠真はそれに対して咄嗟に否定した。

「いや、違うんです。僕はただ、たまたま通りかかっただけで」

「じゃあ、ここで何をしていた」

警備員の男の怪しむ目がより厳しくなった。

「えっ、あの、近くを通りかかったときに足場の上に人影が見えて。それがどうも様子がおかしくて気になって見に来たんですけど」

「こんな時間にか。誰もいるわけがないだろう」

「いや、僕も最初そう思ったんだけど、確かに見たんです。作業服を着けて黄色いヘルメットを被っていました」

「本当か」

「はい、見たのは間違い無いんですけど。ただ近くに来てみると誰もいる様子がなくて」

信じてもらおうと見たままを身振り手振りを交えて、必死の様子で伝える悠真。

ただ、警備員の男は険しい表情を浮かべたままだった。

「とりあえず君が言おうとしていることは分かった。あとは私が確認しておくから君は帰りなさい」

「あっ、、、はい」

悠真は姿が見えなくなった作業員のことが気にはなったが、これ以上ここに留まると不審者のような扱いをされかねないと思い、おとなしく自宅マンションに向かうべくその場から立ち去った。


翌日の朝、テレビでニュースを見ていると、前日の11時ごろに工事現場で足場から落下した作業員が死亡したとニュースをやっている。

下にいた関係者も巻き込まれて重体だったが未明に亡くなったとも伝えていた。

その事故があった現場の場所を聞いて悠真は凍り付いた。

その落下事故があったのは、悠真が作業員を見たあの高架下だった。

まさか昨日の夜、突然作業員の姿が見えなくなったのは、足場から落下したためなのだろうか。もしそうなら、悠真がその落下した作業員を見つけられていたら助かったのではないだろうか。

そんなことを考えていると、ニュースは終わってしまった。

悠真は仕事に向かうため家を出た。

最寄りの駅に向かうためには高架下を通らなければならない。

高架下の工事現場にはすでに作業員が集まってきていた。

昨夜に見た時はなかった花束や線香、飲み物のペッドボトルなどが工事現場の端に置かれている。

やはり事故がここで起きたのは間違いないようだ。

工事現場には作業着を着けた人以外に、昨夜に見た警備員と同じ制服をつけた人もいた。

悠真は思い切ってその警備員の制服をつけた若い男性が近くに来た際に話しかけてみた。

まだ作業開始前の時間らしく、その若い警備員は気さくに応じてくれた。

作業員がどうして落下したのかは、その瞬間を見た人間がおらず、原因はわかっていなかった。

ただ、高所作業の際には必ずつけなければならない命綱をつけていなかったようだった。

そのため何かの拍子にバランスを崩して落下したのではないかと思われているようだった。

また、落下した際に運悪く落下地点にいた人にぶつかったため、事故発生直後の現場は二人の倒れた体の周りに血溜まりができるほどの壮絶な有様だったみたいだ。

悠真はそれを聞いて黙っていることができずに、昨日の夜に見たことを若い警備員に話した。そして自分が警察なり消防なりに連絡していればもしかしたらどちらかでも助かったかもしれないと謝った。

しかしそれを聞いた若い警備員は、呆気にとられた顔をした。だが次第にさきほどまでの柔和な態度はなくなり、警戒したような様子となった。

「あなたは何を言っている」

そう言った若い警備員の口調は少しだけ怒りが感じられた。

悠真は逆に何故、警備員が急に態度が変わったのかがわからなかった。そして、若い警備員が次に言った言葉はさらに悠真を混乱させた。

「夜って何の話なんだ。作業員が落下したのは昨日の午前11時ごろの話だ。落下した作業員は即死だったが、下にいて落下してきた作業員がぶつかった人は直後は息があって病院へと搬送された。だが昨日の23時ごろに息を引き取ったんだ」

では自分が昨夜に見たものは何だったのだろうか。そこで悠真は思い出した。昨夜に出会った警備員のことを。あの警備員に話を訊けば何かわかるかもしれない。

「あの、昨夜こちらであなたと同じ制服を着た方とお会いして話をしているのですが、その方に話を聞いてもらえますか」

そして悠真は自分が見た警備員の特徴を伝える。

すると目の前にいる若い警備員は今度は絶句して言葉が出てこないようだった。

悠真がどうしたのか声をかけると、若い警備員は目に涙を溜めて震える声で答えた。

「それは加山さんだよ。加山さんは普段は夜勤の勤務なのに、昨日は急遽休みとなった別の警備員の代わりに朝から現場に出ていたんだ。なのに昨日に限ってあんな事故に、、、作業員が足場から落下した際に下で巻き添えになるなんて」

落下に巻き込まれて亡くなった関係者とは、あの警備員だったというのだろうか。

ならば、昨夜に見た作業員と警備員はすでにこの世の者ではなかったということになる。

俄かには信じがたい話だが、目の前の若い警備員が嘘をつく理由がないし、嘘をついているようにも見えない。

ということは、作業員も警備員も自身が死んだことに気付かずに霊となって生前と同じ行動をとっていたというのだろうか。

そう思うと、悠真はなんだか切ない思いがして、事故現場に向かって手を合わせ二人の冥福を心から祈った。


その後も夜に高架の近くを通りかかると、足場の上であの作業員の霊を見かけることが度々あった。

おそらくそのときには下にはあの警備員もいるのだろう。

やがて工事が終わって足場が取り外されてからは、作業員の霊を見ることはなくなった。

今回の事故は悲劇だったが、仕事が終わったことで二人の魂が成仏できたのならばそれが唯一の救いなのだと悠真は思うのだった。

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