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9,好きな気持ちを伝えるのって難しい①

 ずっと言おうと思ってたよ。

 なのに茜が、匠先生、匠先生って、そんなに好きなら言い出せないだろ。

 目の前で泣いてる彼女に、なんて声をかければいいんだよ。


 渾身の勇気ふり絞って「ごめん」って言った。

 そしたら「な、に、が」って返ってきた。


 謝りたいことが、あり過ぎるよ。

 最初に嘘ついたこと、騙し続けたこと、茜の大切なもの奪ったこと。


 信じてほしい。そう思って「好きだ」と言った。

 茜は俺を見ずに「ご、め、ん」と返してきた。


 やっぱり俺じゃだめだよな。

 匠先生に敵う奴なんて、この世にいねーよ。


 茜が泣いてるところを見るのは辛かった。

 こんな辛い思いをさせてるのは俺だけど。


「い、く、ね」


 ひっくひっく言いながら、茜が立ち上がった。

 俺は、何も言うことができなくて、ただ黙って茜の後を付いて行った。


 ストーカーみたいで、気味悪がられっかもしれないけど、泣いてる女の子を一人で歩かせる分けには行かないからな。


 なぁ、茜、俺の良さにも気付いてくれたよな?

 俺たち、匠先生のことなんて無くても気が合ったよな?


 背中に問いかけても、返事なんてねーけどな。





 翌朝、茜の家の前で待ってたけど、茜は出てこなかった。

 勇太に香織ちゃんに聞いてもらったら、茜は学校に来てないと言われた。


「ってことは、家にいるんだよな」


 謝らせてくれ。

 許してもらえないのは分かってるけど、どうしても顔見て謝りたかった。


 今まで生きてきた中で、一番、緊張している。

 俺は、もうあんま残ってない「ありったけの勇気」をふり絞ってチャイムを鳴らした。


 ピンポーン


 安っちい音に、腹が立つ。


 ピンポーン、ピンポーン


 3回鳴らしたところで、鍵が開いた音がした。


 ゆっくりと扉を開ける。


「あか……」


 別人かと思うほど、やつれた女が立っていた。


「ごめ……お、れ……」


 チャイムで勇気を使い果たした俺の心は、枯渇していた。


 足が震える。


 どうしよう。


 もし、また、


 抱きしめて、


 キスしたら、


 許してくれ


 ……ないよな。


 茜を抱きしめたいと思うと同時に、この場から去りたいと思う。俺、どうする?


「入って」


 茜の声が聞こえた。

 黙って靴を脱いだ。


「話したい事があるけど、済んだら、すぐ帰って」

「おぅ」


 部屋が散らかっていた。

 イルカのクッションの近くに座る。


「どうして嘘なんてついたの?」


 だよな。聞きたいのそこだよな。

 分かっていたけど答えられない。

 だって、俺にも分からないから。


「俺は、ずっと、あかねえのファンで……」


 本当の事だから、そこは信じてほしい。


「茜と会えて嬉しくて、嫌われたくないって思って……」

「どうして、私が嫌うと思ったの?」


 頼むから、こっち見てしゃべってくれよ。


「あかねえは絶対真面目だと思ったんだよ。俺なんかじゃなくて、匠先生みたいのが好きだって、思ったんだよ」


 匠先生って言った瞬間、一瞬、こっち見た。

 茜のくりくりの黒目が、くすんでまつ毛に邪魔されてるのは、100%俺のせい。


「本物の匠先生に会ったの」

「え……」


 まじで?という言葉を必死で飲み込んだ。

 彼女が嘘とか冗談とか、言うわけがない。


「あなたが、たっくんって事を教えてくれた」


 その事実より、俺のことを「あなた」って言われたのが衝撃だった。


「たっくんは……あかねえ、の好みじゃない、って思って、つい、匠先生なら、って、最初は軽い気持ちで、でも、茜のことが好きなのは、ずっと前から本当だよ」


 本当なんだ。本当の事だから、伝われ!


「私のこと騙してたんだよね?」

「そんなつもりじゃ……」

「つもりじゃなくても、結果として、そうなるよね」


 そんな事、言わないでくれよ。

 本当に、ずっと好きだったんだよ。


「話したいこと、済んだから、もう帰ってくれる?」


 行きたいけど、行けない。体が動かないんだ。


「俺たち、終わりか?」

「そもそも始まって無かったんじゃない?偽物なんだから」


 どう言えば、分かってくれる?許してくれるんだ?


「俺は、茜が好きだ」


 これしか言えないんだよ。頼むよ、届いてくれ!


「私だって……!好きだって、思ってた」

「俺が匠先生じゃなくてもか?」


 茜がやっとこっちを見た。


「たっくん、だったら……」


 そうだよ。そこだよ。






「ない、と思う」





「だろうな」





「私、初めてだったんだよ?」






「だから、優しく大事に……」



「分かってて、やったんだね」

「そんな言い方しないでくれよ」

「許せるわけない!もう、出て行って!」


 終わった。


 完全に。





 授業があっから大学に行って、それからバイトがあっからダーツバーに行って、たぶん友達と話したし、たぶん接客もしたし、なんか食ったはずだし、眠くはねーけど横になった。


「茜、どーしてっかな」


 あれ以上、なんて言えばよかったのか、そもそも俺、何回「好き」って言ったよ?茜だけだよ、茜にしか言ったことねーのによ。ちっとも届かねーでやんの。まじ、やんなる。


 ドタドタと足音がして、勇太が来た。

 香織ちゃんを連れて。


「たくみー、生きてるー?」


 死にてぇよ。


「お邪魔します」

「その辺、てきとーに座ってよ、かおりん」


 何しに来たんだよ、って言うのすらだりぃ。


「遊んでたら、終電逃しちゃってさ、一緒に遊ばね?」

「コーラ買ってきました」


 飲みたいから起きた。


 プシュッ


「かおりんがさぁ、茜っちは匠のこと本気で好きだったっぽいって言ってるぞ」

「ちょっと、本人に言うことないでしょ?」

「いーじゃん。二人に仲良くやって欲しーじゃん」


 床に座ってお菓子を広げる勇太と香織ちゃんが羨ましかった。


「ちゃんと謝ったんだろ?」

「ああ」

「好きって、言えたか?」

「何度も」


 ブフッ

 勇太がジュースを吹き出した。


「まじか?」

「茜はなんて?」

「騙してたのが許せない、みたいな、そんなよーなこと」


 香織ちゃんが小さな溜め息をついた。


「お前でも、失恋とかすんのなぁ?」

「ちょっと……!」


 香織が勇太の頭を叩いた。

 それが、すげえ手を上から思いっきり振り下ろしたやつで、さすがに痛そうだって思ってたら、勇太が「かおりん、それは、痛すぎるよぉ~」って言って、泣き出した。


「香織ちゃん、俺もお願い」


 そう言って、頭を下げた。


「ん、じゃ」


 香織ちゃんは、たぶん勇太の時より更に強く俺の頭を叩いてくれた。


「痛すぎるよぉ」


 俺も泣くことができた。





 起きたら、香織ちゃんはいなくて、勇太が学校に引っ張って行ってくれた。


 なにもやるきがしねえ


 あかねどーしてっかな





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