8,どうして嘘なんてついたの?③
先週の水曜日から月曜の朝まで、匠くんはずっと一緒にいた。
男の子って、家に帰らなくても何にも言われないものなのかな。
匠くんとの甘い夜を思い出す。
やば、顔が赤くなるから、考えるのやめておこう。
気を引き締めて、会社のセキュリティを通る。
また早く会社に来ちゃったけど、福岡さんは既に来てた。2週目のインターンも頑張りたい。
「おはようございます。また、ご指導、よろしくお願いします」
「こちらこそ。あんまり無理しないでくださいね」
「はい!」
福岡さんはガチで凄い人なんだと思う。
いろんな人から、ものすごい量の頼まれ事してるけど、さらりと引き取って、てんぱったりしないし、失敗とか、探し物してる姿さえ、見たことない。
「秋田さん、これお願いできますか?」
見慣れてきた御見積りフォーマット。
「はい。やらせてください」
本当に仕事のし方を教わってるって感じがする。
基本的なパソコンスキルもそうだけど、心構えって言うか、整頓された環境を見られるだけでも勉強になる。
ああ、匠くんに教えてあげたい。
私の教育係はあなたにそっくりな人なんだよって。
匠くんはプライベートと動画では、どこか印象が違うのだけど、どちらかと言うと面と向かってる時の方が好き。なんと言っても、かっこいいしね。見てるだけでも幸せ。
いけない。いけない。
少しでも隙を与えると、匠くんのことで頭が埋め尽くされてしまう。
一緒にいると離れられない。愛されてるって実感がたまらない。
私のせいで、匠先生としての更新が止まってしまった。
たぶんだけどストックが無くなっちゃったんだと思う。
お家に帰りなよって、何度も言ったのに、ぐずぐずして……
それを、少し嬉しいなんて思ってしまう、私も私だけど。
「秋田さん、それ出来たら、次、こっちお願いできます?」
「はい」
福岡さんに幻滅されないよう、頑張らなきゃ。
「今日もこき使ってごめんなさい」
昼休みに、福岡さんがコーヒーをごちそうしてくれた。
「本当にブラック無糖でいいの?」
「はい。日中に一杯のブラックコーヒーが脳の活性化に役立つんです。あと、脂肪燃焼も助けるからダイエットにもいいって、匠先生が言ってたんです」
「秋田さん、明日は少し残れますか?」
「はい。残業ですか?」
「10分ほどください」
同じ一日でも、学校に行った日とはまるで疲れ方が違う。
部屋に着くと、張りつめてた緊張感がほどけて、一気に眠くなる。
せめて、半分だけでも、とルーティンをこなして寝た。
△△△
火曜の朝、匠くんのチャットに気が付いて電話した。
「ごめんね、昨日は疲れちゃって」
「だよな。今夜、飯作りに行こうか?」
「ホント?!」
一瞬、喜んだけど、更新を止めてほしくない。
「でも、今日は会社の人に誘われてて、ご飯は食べて帰って来るから」
「そっか。じゃ、明日、学校でな」
「うん!」
匠くんが頑張ってるから、私も頑張ろうっと!
昨夜はヘロヘロだったけど、早く寝たから、朝は元気いっぱいだ。
ルーティンに組み込んでいる、匠先生の動画をチェック。
匠先生の最新動画、見たい。
「ん~。今日も更新されてない……」
もう見たやつの中から、お気に入りを再視聴する。何度見ても勉強になる。
「おはようございます」
「秋田さんは朝方なんですね」
「はい。匠先生と同じ、と言ったらおこがましいですが、似たような?モーニングルーティンやってますんで」
ちょびっと胸を張る。自分に自信が持てるから。
福岡さんはいつものようにデスクに座り、同じ手順で書類を確認していく。
この人も、ルーティンの鬼だな。と、直感で分かってしまうのだ。
「今日は外回りがありますが、一緒に行きますか?」
「いいんですか?」
「馴染みのお客様なので、大丈夫です」
初めて、営業に同行させてもらった。
「インターンシップねぇ。最近の若い子は、なんだか凄いねぇ?って福岡君に言っても無駄かぁ。ここでおっさんは私だけかぁ。わははは」
なんと言っていいか分からず、笑ってごまかす。
たぶん、福岡さんも同じかな……顔が強張ってる。
「すみません。あんなのエイハラですよね」
「気にしません。そんなにハラスメントな感じはしませんでしたけど?」
「秋田さん、何気にハート強いですね」
「そうですか?言われたことないです」
福岡さんは気にしい、な性格なんだな。
会社に戻ると、定時を少し回ってた。
部署の人が、福岡さんを見て、驚いている。
「もう、時間過ぎてるぞ?」
「あ、今、戻ったんで」
「珍しい事もあるもんだな、って、もしかして秋田さんいるから、張り切っちゃってるのかなぁ~?」
課長がコノコノォって言う感じで、肘で福岡さんを突いた。
「やめてください。訴えられますよ」
「いやぁ~ん、こわぁ~い」
「秋田さん、こちらの会議室に来てください」
二つある会議室のうちの、小さい方の部屋に案内された。
「課長の言った事、気にしないでください」
「え?ああ、はい」
面白かったけど?おやじって感じで。
「あの、言いにくい事なんですけど、やっぱり訂正しておきたくて」
「はい」
私、何か致命的なことやらかした?
「匠先生なんですけど……」
ドッキンッ!胸が大きく打った。
「あれ、僕なんです」
「へ?」
福岡さんは、用意してあったスマホの画面を私に見せた。
「あ、匠くん」
『たっくんのモテチャンネル(登録者数10万人)』
「この人は、僕のふりをしています。どうしてかは分かりません。僕よりもずっと登録者数が多いはずなのに」
「福岡さんが、匠先生なんですか?」
「はい。そうです」
くらくらしてきた。
「秋田さん、僕、秋田さんの事、素敵な人だと思ってて、よければお付き合いをしていただけたらと」
「え?」
「すぐにお返事くれなくていいですから。来週の月曜にまた、お話させてください」
△△△
どういうこと?
家についたけど、ボヤっとした記憶しかない。
もう、今日はルーティンとかどうでもいいや。
『たっくんのモテチャンネル(登録者数10万人)』を見てみる。
本当だ。
あれ?
私、騙されてたの……かな。
朝まで眠れなかった。
軽快なテンポで進む、たっくんのコンテンツは好みではないけど、面白いとは思った。
「一限からだから、もう行かなくちゃ」
とりあえず、キャンパスに向かった。
二日来ないと、なんか景色が違く見える。
「あっかね~!超、久しぶりじゃない?」
「香織……わ、たし……」
泣き出してしまった。
「どした?どした?」
香織は授業をサボって、私とカフェテリアに来てくれた。
「ほれ。水分補給しな」
カフェインレスの紅茶をくれた。
「会社でいじめられたか?匠くん、呼ぶ?」
「大丈夫」
その名前、聞いたら、また涙が……
香織が何も言わずに座っててくれる。
なんか言わなきゃって、思うんだけど、話そうとする度に涙が溢れてきて話せない。
「香織ちゃん!」
声がして、それが勇太君だとすぐに分かった。
「あかね」
匠くんの声。
顔を上げられない。
香織と勇太君が離れていくのが分かった。
「ごめん」
「な、に、が」
一音ずつしか出てこない。
「好きだ」
「ご、め、ん」
居られなくて席を立った。
匠くんは追っては来なかった。