7,どうして嘘なんてついたの?②
月曜の朝、頭が痛くて割れそうだ。
「おい、たくみー、だいじょーぶかー?」
「頼む、勇太、だまって」
「お前がこんな風になるとこ初めて見たわー」
頼むから、今は帰ってくれよ。
「コーラ飲む?」
「飲む」
プシュッ
「おま、昨日、なにがあったんだよ」
「……」
「茜ちゃんと手ぇ繋いで帰ってたじゃん」
「……」
「俺、着ぐるみから見てたんだぞ」
「……」
「あれから、どした?」
「飲み行った」
「茜ちゃんと?」
「一人で」
どうせ持ってくるなら、もうちっと冷えてるやつにしろよ。
「茜ちゃんは?」
「帰った」
「もう別れたの?」
「逆だよ」
「え!もうやったの?」
「ちげぇよ」
勇太がドカッとベッドに座った。
スプリングが揺れる、頭、激痛。
「じゃ、なにが問題なんだよ」
「キスした」
「で?」
「……」
「うぶかよ!どーしたんだよ、匠、しっかりしろよ!」
出てけって言うのも頭痛いから、布団被った。
勇太は察してくれたのか、ようやく部屋から出て行った。
△△△
本日、火曜も、茜はインターンだ。
会いたい。会って謝ろう。俺は匠先生じゃないって、正直に。
「今日は学校行くだろ?」
勇太が迎えに来た。何も言わずに支度を済ませる。
「実はさ、昨日の夜、匠先生から連絡があったんだよ」
「なんて?」
「コラボの話、進めましょうって」
「なしで!」
「やっぱそうなるよな。あれだろ?お前、茜ちゃんに匠先生って嘘ついてんの耐えきれなくなってんだろ?」
靴履いて、家出る。
「正直に話せば分かってくれるよ。茜ちゃん優しそうだし」
「ああ」
「あとさ、実は俺も彼女出来た」
「誰?」
「香織ちゃん」
茜の友達か。
「よかったな」
「一緒にお昼食べよーぜ」
二日酔いは抜けてたけど、カレーうどんとスパゲティの匂いが混ざって、きつい。無理。
二人に謝って、席を外させてもらった。
外のベンチで、自販で買ったコーラを飲む。
「匠くーん」
派手な子が走ってくる。
「今日ってバイト入ってる?」
「いや」
「じゃあさ、付き合って欲しいとこあるんだけど、一緒に来てくれない?」
「体調悪い」
「そなの?ざんねーん」
「わりぃ」
茜、なにしてっかな。
明日はこっち来るんだよな。
スマホ出す。
『明日の夜会える?』
返事が来たのは、夕方だった。
仕事中はスマホは見ませんってか。やっぱ真面目だな。
『いーよ』と可愛いスタンプにほっとする。
『おつ。明日、学校で』
『ありがとう、匠先生の更新がんばってね』
きっつい。なんて言えばいーんだ……
△△△
やっと水曜日。
昼にカフェテリアにいるって、勇太から聞いた。
「たくみー!」
勇太と香織ちゃんと茜……
「遅かったね。授業、午後からなの?」
「ああ。会社はどう?」
「いい先輩が指導してくれてね、先輩って言っても同い年だけど、すごい仕事早い」
あんまり嬉しそうに、他の男の話するな。
「次はいつ行くんだ?」
「また来週の月と火」
しばらく一緒にいられそうだ。
「今日、家行っていい?」
「いいけど……」
「ん?なんかある?」
「更新は?」
くっそ!
「ストックあるから、平気」
「さすがだね!」
経営学部の茜と香織ちゃん、法学部の俺と勇太、授業は滅多に被らない。
「あ、私たちもう行かなくちゃだよ、茜」
「うん!バイバイ。またね勇太君」
俺にはにっこり微笑む茜、抱きしめたい。
「匠、お前さ……」
「分かってるよ、今夜、言うよ」
簡単な物なら作れるって言ったら、部屋で料理することになった。
一緒に買い物来てっけど、スーパーってこんなに楽しいとこだったか?
「茜、食べれないものは?」
「ない」
「糖質とか、グルテンとか気にしてないの?」
「全く気にしてないわけじゃないけど、気にし過ぎは逆によくないって、匠先生、あ、ごめ。口癖になっちゃってて」
その笑顔は本来、俺に向けられるものじゃないと知り、挫けそうになる。
「ラタトゥイユなんてどう?」
「おう、ズッキーニどこだ?」
好きなものも同じだし、話があう。
これまで付き合った女性とはまるで違う。
面倒くさいとか、頑張らなきゃとか、一緒にいてしんどいことが無い。
茜もそう思ってくれてるといいけど……俺が匠先生じゃないと駄目か?
「匠は実家なんでしょ?勇太君が言ってた」
「ああ」
「どうして料理できるの?」
バイト先で教わったけど、それは言ってないから……
「うちの親、共働きだから」
これは、本当、セーフ。
「年の離れた妹がいるし」
これも、本当、セーフ。
「へぇ、妹ちゃんの為に料理してあげるの?」
「たまにな」
年に一度……あるかないか……グレー。
「今度、会わせて」
「よろこんで」
茜の部屋は片付いている。
きっと、匠先生のミニマリストの動画の影響だろう。
手を洗って、食材を出す。
「はい」
冷たいコーラをくれた。
キンキンに冷えている。
「サンキュー」
めっちゃ嬉しい。
「茜は?」
「私は青汁」
どこまでも健康志向なのな。
そこも、また、可愛いんだけど。
仕込みが終わって、味が染みるまで少し置く。
ベッドに座るわけにはいかず、ベッドに寄っかかって、カーペットに座る。
「クッション使ってね」
この前、水族館で買ったイルカのクッション。
「ありがと。あのさ、ちょっと話したいことがあるんだけど……」
「ん?」
エプロン姿の茜が俺の隣に座る。
お嫁さんにしたい。
「あのさ、匠先生の事なんだけどさ……」
「今朝のも見たよ!よくあんな熱量高い動画まいに……」
褒めるな!匠先生の話は、茜から聞きたくないんだ。
また、キスで口を塞ぐしかなかった。
最低な俺を、驚きながらも受け止めてくれる茜。
軽くて小さくて、俺の腕にすっぽり入る体を、触らずにはいられない。
背中を撫でた。
首にキスした。
軽く押したら、
後ろに倒れた。
服をめくった。
脚を触ったら、
手を掴まれた。
「ごめん、焦った」
「ごめん、驚いた」
そしたら茜に見つめられて、それから茜が目を瞑って、俺は茜の服に手を入れて、茜の手は俺の顔にあって、キスをしながら服を脱がせて……ああ、たまらない……
ラタトゥイユが完成していた。
△△△
結局、週末まで、俺は茜の家に入り浸った。
肝心な話はしないままに。だって、もう今更、言えないだろ。
それに言っても言わなくても、俺が匠先生でも、そうじゃなくても、茜は俺のものだ。
「明日の朝、一緒に家出るから、今日も泊ってっていいか?」
「うん、いいよ」