6,どうして嘘なんてついたの?①
いつも通りが一番だ。
突拍子もない変化や、起伏の激しい日常は僕の好みじゃない。
「福岡、言い忘れてた。今日から大学生のインターンが来るから、教育係よろしく」
「今日からって……急ですね」
この人はいつもこれだ。
「言い忘れてたって言ったろ。昨日の展示会にわざわざ来てくれたよ。可愛い子だったぞ」
「セクハラになりますから、気を付けてください。何時に来るんですか?」
「ほら、もう来てるから、あの子……」
課長が指さす先に、ぺこりとお辞儀をする女の子。
「僕もまだ入社3年目で、やっぱり、指導なんて無理です」
「こう言うのは歳が近い方が話が合っていいんだよ。おじさんはセクハラ疑惑が怖いから勘弁な」
「ちょ、ちょ……」
背広の上着を掴んで逃げた上司。
男ならまだしも女の子なんて、どうしたらいいのか分かんないよ。
立たせておくわけにもいかないので、声をかける。
「こちらにどうぞ」
「はい、失礼します」
「職員室じゃないから、部屋はいる度に、それ、言わなくて大丈夫」
「あ、はい」
一応、社会人っぽい服装だし、爪も髪も派手じゃないし、この子なりに頑張ろうとしてるのかな。
「緊張しなくて、大丈夫です。教育係りになりそうです。福岡です」
「なりそう?」
首を傾げて笑う。女の子、可愛いもんだな。
中高私立の男子校だったし、弟が一人いるだけだし、女性にはあまり免疫がない。
「すみません。秋田茜と申します。3年生です」
「今日はオリエンテーションって事で、弊社の業務の概要を説明して終わりにします」
まさか、聞いてなかったから、何も準備してないとは言えない。
会議室に移動して、パワポを開く。取引先に紹介するのと同じ資料を使う。
「福岡さんは長いんですか?」
「僕は3年目になります」
「じゃ、24とかですか?」
「高卒なので、二十歳です」
触れられたくないところにズケズケと入ってくんな。
名刺を渡した。
『福岡 拓海 Takumi FUKUOKA 企画部サブチーフ』
「私と同い年です!尊敬します!」
「は?」
馬鹿にしてんのか、って言い返そうと思ったけど、こっちを見てる目が、ちっともそんな風じゃなくて……本気で言ってる?
「上司さんに学生の相手任されるって、すごい信頼されてるんですね」
「上司に、さん、は付けません」
「はい」
ノートとペンを出して待っている。
特にいい匂いがしないところが好感が持てる。
「希望に添えられるか分からないけど、どんなことをしたいですか?」
「全体的な仕事の流れを見たいです。ひとつの部署で同じことを繰り返しやるというより、いろんな部署で、その場その場で好きに使っていただけたらと……」
「なるほど」
確かにその方が、勉強にはなるけど、大変だよ?
「あ、でも、会社の……福岡企画部サブチーフの指示に従います」
「うちは社内で役職は付けて呼びません」
よく舌嚙まないで言えたな、笑いそうになった。
「はい。福岡さん」
赤くなって下向いてる、秋田さん、面白い。
「僕も企画書作ったり、プレゼンしたり、営業行ったり、いろいろやる立場です。もし、秋田さんがSE希望でなければ、僕のサポートに入ってもらいますが、どうですか?」
「お願いします!」
二つ返事か。気に入った。
会社説明だけで帰ってもらおうと思ってたけど、その後、秋田さんはどこからか椅子を持ってきて、僕のデスクにぴったりと居座った。
邪魔なら離れてもらうつもりだったけど、質問するでもなし、メモを取りながら必死に覚えようとしてるのが伝わってきて、好きにさせることにした。
「休憩はいつでも取っていいし、初日だから、もういつ帰っても構わないですよ?」
「居ても構いませんか?」
「はい」
結局、秋田さんは終業時間まで居た。
「僕は残業はしませんので、定時に上がります」
5分前に秋田さんに伝えた。
「私も一緒に退社します。課長にご挨拶してきます」
「身内に、ご、は付けないよ」
「はい!」
△△△
女の子ってみんなああなのかな。
知り合いの女の子、と言っても小学校のクラスメイトしかいないけど、思い出す。
「だめだ。今日はちっとも集中できない」
夕食を取りながら、動画を見ているけど、さっぱり頭に入ってこない。
次のコンテンツは恋愛について調べてみるか。
脳に変化があるに違いない。
週末に作ったコンテンツのストックがいくつかある。
明日はとりあえず、それを投稿するとして、今日の撮影は休みにした。
『たっくんのモテチャンネル(登録者数10万人)』
こういう人は、恋愛にも長けているのだろう。
羨ましいと思わないでもないが、自分に出来るとは思えない。
「今日は、女子の変化に敏感になる秘訣をお話しします。まず、髪型やネイルがいつもと違うなと思ったら、即座に『なんか今日、かわいいね』と言ってみたら……」
僕は、女の子が髪型を変えたことに気が付いたとしても、それを言わないだろう。
だって、「言う意味」がないだろう?
どうして、たっくんは言うんだ?
「女子は自分の変化に気付いてもらうと喜びます。もし、実は何も変わっていなかったとしても大丈夫。『かわいい』って言われて喜ばない女子はいない……」
それは、たっくんだからだよ!と言いたい。
こいつ、自分で上手くいくことは、皆に当てはまると思ってんだろうな。
非モテ男に「かわいい」なんて言われたら、怖がられるわ。
参考になるかと思ったが、全くもって別次元のお話だったので、見るのをやめた。
△△△
次の日、秋田さんは僕より早く会社に来ていた。
「9時に来れば大丈夫ですよ」
「あ、分かってたんですけど、なんか手伝えることあるかもなって……」
真面目なんだな。
ふと、秋田さんの手が目に入った。
昨日は何も塗られていなかった爪が、ほんのり桜色になっている。
「爪……か……」
可愛いなんて、言えるか!
たっくん、すごいな。こんな緊張感のある言葉、毎日、すらすら言ってそう。
「あ、すみません。社則は確認したんですけど、違反じゃないですよね」
「大丈夫だけど」
もっとケバいの、いっぱいいるし。
「パソコン触る手が可愛い方が、少し上がるかなって、じゃなくて、捗るかもしれないな、なんて」
女の子の口から出る、可愛いは最高だ。
「いいと思います」
僕の精一杯の、褒めフレーズ。以上。
「自分の気持ちを自分で上げるのって、大事なんですって。私の大好きな動画を作ってる方が言ってて……」
僕もそんなような動画撮ったけど、秋田さん、同じこと言ってる人、山のようにいるんだよ。
そう言って、スマホをトコトコ叩く。
「この人なんですけど……」
心臓が止まる……かと、思った。
「教えて!匠先生は登録者数1万人なんですけど、私的には100万人は行ってていいはずなんですよ!」
嬉しくて、言葉が出ない。
「匠先生は顔出ししてないんですけど、実はこの前、知り合って……」
「は?」
「同じ大学に通ってたんです。そう言えば、福岡さんも『たくみ』さんですね」
「ああ、漢字が違うけど」
「よかったら、福岡さんもチャンネル登録してください」
は?何言ってんだよ。
毎晩、睡眠時間削って、それを作ってるのは……僕だ。
「福岡さん?」
「……」
「大丈夫ですか?」
「あ、はい」
「どうかしましたか?」
「いや、こういうのって、どんな人が作ってるのかなって」
秋田さんと同じ大学に通ってる?誰だよ、そいつ。
「福岡さんにはお世話になってるので、特別に教えてあげますね」
またスマホをトコトコして、画面を見せてくれた。
「写真これしかなくて」
たっくん、じゃ、ねーか……