3,あかねえnoアカ抜けチャンネル(登録者数1000人)
授業終わりの教室。
出口まで行列が出来ちゃってるから、のろのろと片付けながら待つ。
「茜、今日のサークル新歓、行く?」
「行く行く!」
「いつもの居酒屋だって」
「え?!また?私、飲めないのに!」
「あはは。だよねぇ」
学食のカフェテリアでランチする。
「香織、どれにする?」
「今日はBにする」
「和風きのこスパゲティ、いいね。私もそうしよ」
一緒に席取って、コールを待つ。
「茜、インターンの話聞かせてよ」
「まだ、行ってないよ。決まったってだけ」
「そうなの?いつから?」
「来週の月曜」
呼び出しコール「ブーブー」x2
トレーに乗せて、料理を運んでくる。
「かっこいい人とかいるんじゃない?スーツ着てる男の人って、なんかよく見えるよね」
「あるあるだねー。騙されないようにしなくちゃな」
「そうだよ、JDをたぶらかしてくるオッサンには気を付けるんだよ」
「「あははは」」
お腹いっぱいになってからの午後の授業は眠い。
けど、がんばる。
単位取りたい。
授業中だけど、リップ塗っちゃう。
常に「可愛い」を繰り出し続ける。
ノートを取ってる振りして、実は次の動画のアイディアを書き出している。
『可愛いは一日にしてならず』
これ、私のチャンネルの合言葉。
リップを塗るのは簡単だけど、その下地となる唇がカサカサじゃだめ。
ファンデのノリよりも、そもそもの肌が大事。
健康的な素肌にファンデは不要なのだ。
そのためには早寝、早起き、適度な運動、正しい食生活、健康的なストレス解消etc……
全部『教えて!匠先生(登録者数1万人)』で学んだ。
女の子向けのコンテンツじゃないんだけど、人間的に大事な事が詰まってる。
私の教科書的存在。めっちゃ参考にしてる。
私は高校の3年間、ずっと片思いしていた。
卒業式に勇気を出して告白したんだけど、フラレちゃって……
変わりたくて、動画で私の頑張りを見てもらいたいな、応援してもらいたいなって思いで始めた。
新歓の飲み会は40人も参加した。
「うん。勧誘頑張り過ぎちゃって、1年生が20人くらい入ったの」
テニスサークルという名のBBQサークル。
「エッヘン。それではお集りの皆さま、今日の出会いにカンパーイ!」
「「「「「かんぱーい」」」」」
部長の挨拶で始まった。
2時間半の飲み放題&コースメニュー。
「今日の出会いにって……」
うける。
「テニスっていつやってるんですか?」
初々しい後輩ちゃん。
「テニスしたことない」
「へ?」
「誰もラケット持ってないよ?」
「へ?」
勧誘の人、ちゃんと説明しなかったのかな。
「私、高校がテニス部で、ここが一番活動が盛んだからって聞いて……」
ちょっと、ちょっと。
泣きそうになってるよ!どうするの?
向かいに座ってた男の子が声を掛けてくれる。
「ごめんね、説明不足だったよね」
「はい、聞いてた話と違って……」
「だよね。嫌ならすぐにやめても問題ないからね。掛け持ちしてる人とかもいるから、もうひとつ別のテニサー入ったら?ちゃんとテニスする系の」
「でも、もう勧誘終わってるし……」
「どこか紹介してあげるよ。俺、3年の勇太」
同級生か。
いい人で良かった。
後輩ちゃんは、他の1年たちと楽しくおしゃべりを始めた。
「ありがとうございました」
一応、お礼を。
「あかねえ、だよね?」
「え?あ、はい!」
この名前で声かけられたの初めて。
「チャンネル見てます」
「え?女の子のアカ抜けですけど?」
「はい。まじで、見てます」
「ありがとうございます」
嬉しいけど、怖くない?
引き気味の私に、気が付いたのかな、ちょっと慌ててそう。
「怪しい者じゃありません!俺も動画配信やってて……」
「あ、そういう事ですか」
先輩たちが酔っ払い出して、大声で話さないと、会話にならなくなってきた。
「あかねえ、今度さ、動画のダメ出し会やらない?」
「ダメ出し?」
やってみたいかも。
「いつですか?」
「明日か、明後日ど?」
「じゃ、明日で」
チャットツールの連絡先を交換したところで、この日はお開きとなった。
二次会には行かない。
もう帰って、ゆっくりお風呂に入って、ストレッチして寝なくちゃ。
可愛いはサボれない。
△△△
「昨日さ、茜、ナンパされてたでしょ?」
「されてないよ。あ……」
「ほら、されてる」
朝、教室に入るなり、香織に詰め寄られた。
「勇太君ね、動画配信してるから、今日、ダメ出し会するの」
「なにそれ、面と向かって悪口とか言われたら、ショックじゃない?」
「悪口って言うか、もっとこうした方がいいんじゃない?とか、そういう事だと思うけど」
先生が来ちゃったので、席に着く。
「どこで?」
「午後、カフェテリア」
「ほら、そこー!私語厳禁!」
怒られてしまった。
香織はバイトがあるから、帰った。
心配して「一緒に行こうか?」って言ってくれてた。
別の日にすれば良かったかな。
ちょっと不安だけど、大学の中だし、危険はないでしょ。
勇太君に指定されたとこで待ってたら、勇太君がお友達と二人で来た。
驚くほどのイケメン。香織に会わせたい。
「ごめんね、待った?」
「待ってない」
「これね、一緒に動画配信やって……」
「あかねえ、じゃん!」
あ、この人も知っててくれてるんだ。
「だから、さっきからそう言ってんだろ」
「まさか、ホンモノいると思わねーし、ふざけてんのかと思ったわ」
あか抜けた男の子たちが見るチャンネルじゃないと思うんだけど……
「茜です。ここの3年」
「まさかのオナサーだよ」
「握手してください!」
イケメンが手を差し出してきた。
芸能人になった気分。
「はい」と言って、手を握る。
イケメンは手もイケてる。
「めっちゃ見てます!まじファンです!」
「え……」
「おい、匠、茜ちゃんがドン引きしてるぞ」
「うるせぇ。ホントです。毎日見てます。昨日は配信無かったですよね?」
「あ、の、飲み会で……」
本当に見てるの?ヤバくない?
「ああ、新歓か。でも、あかねえはお酒飲まないって言ってましたよね?体冷えるからって」
え。こわ。
「匠、おま、まじ、やべーぞ。茜ちゃん、ごめんね」
「いいえ……」
「俺たち、二人で動画コンテンツ作ってて、匠が主に前面に出てるんだけど、結構登録者数も多いんだ」
ふーん。
「勇太、ちょっとこっち来い!」
男二人で何かこそこそしてる。
なんか怖くなってきたから、用ができたって言って逃げちゃおうかな。
「お互いのコンテンツ知ってた方が、話しやすいよね」
そう言って、勇太君がスマホの画面を見せてくれた。
『教えて!匠先生(登録者数1万人)』
う……そ……
「私、大好きです!毎日見てます!匠先生なんですか?」
嬉しくてジャンプしちゃった。
「お、おう」
まさか、匠先生がこんなイケメンだったとは!
中身が完璧な人は、外見も素晴らしいんだなー!!
「全部じゃないけど、私、教えてもらったルーティンやってます」
「あ、ああ」
「凄い為になります。いいコンテンツを提供してくださってありがとうございます!」
「え、いや」
それから、ガチのダメ出し会が始まった。
もちろん、私から匠先生に言えることなんて無くて、匠くんが私の動画で、テロップの入れ方とかサムネの写真の配置とか、親切に教えてくれた。
匠先生は、やっぱり凄い人だ!