2,教えて!匠先生(登録者数1万人)
4:45
起床後すぐに昨日の投稿の閲覧者数を確認、今夜作成する動画の為の本を読む。
6:00
サプリとプロテインの朝食、コールドシャワーを浴び、音声学習を聞きながら一駅歩く。
8:10
始業より50分早く出社。メールを片付けて、日中のスケジュールを確認。ブラックコーヒーを一杯。
僕が動画で紹介してきた、人生を良くするルーティンだ。
実践して僕自身の生活の質を向上させてゆくことこそが、チャンネルの信憑性を高める。
「おい、福岡、ちょっと」
「はい」
「先週、提出させた企画書だが、修正が必要だ。ここ直せば注文取れるぞ。よくやった」
「ありがとうございます!」
企画資料の作成方法、プレゼン効果が10倍になる話し方、苦手な上司との付き合い方、もれなく動画のコンテンツにしてきた。
「福岡さん、おめでとうございます」
綺麗な先輩に声をかけてもらった。
「ありがとうございます。やっとです」
「いーや、その歳で企画通すの凄いと思うよ。流石だね」
僕は高卒で入社し、現在二十歳。
会社には大卒とか、中途採用ばかりで、僕だけ圧倒的に若い。
歳のことを言われるのは好きではないが、先輩は褒めてくれているのだと納得する。
「早く修正して、注文確定させます」
「その意気!」
昼休みは外で日光浴をしながら、のんびりと過ごす。
スマホで、動画をチェックする。もちろん自分の。
「ん?DMが来てる」
たまに来るけど、ほとんど相手にはしない。
世の中には、何かを売りつけたい人が多くて迷惑だ。
「コラボの依頼?」
添付されていたURLをタップする。
爽やかな男性が、クールに面白いことを言っている。
『たっくんのモテチャンネル(登録者数10万人)』
いや、モテてるのは、この男の見た目が良いからであって、再現性がないだろ、と指摘してみる。これで10万人かよ。
こんな適当にやってる人達に負けてるなんて屈辱だが、もっと頑張っていいチャンネルを作ろう。いつか見返す、そう、僕は伸びしろだらけだ、とメンタル管理。
とりあえず、コラボの件は保留にしよう。
気乗りはしないが、断ってしまうのも勿体ないかも知れないからな。
続いて、コメントをチェックする。これもルーティン。
『いつも参考になる動画ありがとうございます!私も生活の質が向上してきました。茜』
こういうコメントを貰えるのは、心から嬉しい。
最初は「手に職付けて転職を」と思っていたが、顔出しをしないでやっている今のスタイルが気に入っていて、今後も副業のまま続けていこうと思い直している。
「コメントをくれた、茜さん、いい人に違いない」
とりあえず、見ましたって意味で、ハートのマークを送り返す。
こんな事でもないと、ハートなんて人に送ったりできないよな。恥ずかしい。
昼休みを半分残して仕事に戻る。
僕の会社はクラウド系のシステム構築を請負っている。
システムエンジニアであれば高収入を狙えただろうが、高卒の僕にはその腕はない。
誰でも使えるソフトを使って、企画とプレゼン、営業みたいな事をやっている。
「福岡さん、例の会社から納期の問い合わせ来ていますよ」
「はい。対応します」
同時にいくつもの案件を抱えている。
「福岡!あの見積取れてるか?」
「今送ります」
進捗管理は得意とするところだ。
仕事はバラバラと降りかかってくる火の粉みたいなものだ。
振り払いながら、前進するしかない。立ち止まったら燃え盛る。
「少し休んだら?」
隣の席の女性が声をかけてくれた。
昨年、入社した後輩だが、院卒らしくて相当年上だ。
認めたくないが、事実として受け止めよう。
僕には学歴コンプレックスがある。
動画の配信をしようと決めた時、学歴差を埋める努力の一環としてコンテンツを考えた。私立の男子校で、まあまあの進学校に通っていた。高3の自分に何が起きたのか正確には理解できない。おそらく遅く来た反抗期だったのだろう。大学進学を勧める両親に理由もなく歯向かい、就職を決めた。
求人募集の給与・賞与欄には、院卒、大卒、高卒、それぞれの枠があった。
もちろん高卒が一番安いが、在職年数が長くなれば追い付けると思っていた。
早く働き始めた分、会社に貢献している年数が長いのだから、それは評価に値するだろうと。
「バカだったよなぁ」
今なら分かる。
最初に設定された差は、広がることはあっても縮まることはない。
「やっぱ転職しかないよなぁ」
分かってはいるが2、3年で辞めたところで、次もまた買い叩かれそうだ。
実績と呼べるくらいの結果を引っ提げての中途採用なら、転職は上手くいきそうだ。
「福岡!スライドまだか?!」
「あと15分ください」
使えるソフトは全力で使いこなせ。
会社の仕事を通してスキルを身に付けろ。
頼られる存在になるんだ。やめないでくれって泣き付かれる存在に。
僕のモチベーションは枯渇しない。
「課長、修正出来ましたので、デスクに置いておきます。お先に失礼します」
「おう、お疲れ」
残業はしない。
入社当時はグチグチ言われたが、もう諦めてくれたらしい。
朝早く出社してるし、仕事はきちんとやっているので、文句を言われる筋合いはない。
「福岡君、これから同期で飲み行くけど、どう?もう、お酒飲める歳だよね?」
同期と言っても、年上ばかりで話が合わない。
「お酒は飲める歳になりましたけど、今日は予定があるので」
「そっか。だよね。また誘うね」
一度も誘いに応じたことがないのに、なんで毎回、声をかけてくるのか謎だ。
△△△
決まった電車に乗り、決まった時間に帰宅、大体同じ料理を自炊し、動画を見ながら食べる。コラボ依頼のあった『たっくんのモテチャンネル(登録者数10万人)』を、いくつか流し見する。
軽い感じは否めないが、ふざけてばかりでもなさそうだな。
ノートとペンを出す。
近々、作成しようと思っている「意思決定の秘訣~具体的なテクニック紹介~」という本を見ながら実践してみる。
・まずは紙の中心に十字を書いて、ボックスを4つに分ける
「なるほど」
・それらを、やりたい(すぐに)/やりたい(いつか)/やりたくない(強制)/やりたくない(任意)とする
「そんでもって……」
コラボ依頼を受けるかどうかの意思決定を、このフレームワークを使う方法で行ってみた。
「ふ、ふぅ~ん」
思ってたのと違う結果に、地味に驚く。
「やりたい(いつか)……、てっきり、やりたくないって出ると思ってたのに」
パソコンを開いて、DMに返信を送る。
『コラボの詳細が決まっていましたら、内容をお聞かせください』
仕事は迅速に、がモットーだ。
さて、今日の声撮りを始めよう。
僕は顔出しはしていない。
朝、作ってあったスライド資料に音声を付けてゆく。
単なる本要約チャンネルではない。
似た内容の本を2、3冊読み、僕が実体験を通して得た感想を言っている。
ジャンルは問わない。
少しでも人生が良くなると思うなら、チャレンジする。
食わず嫌いは損だからだ。