下剋嬢
これは、とある辺境貴族であるアドラース家での一幕。
「絶対に復讐してやる!!」
今宵、とある交流会の最中、1人の悲鳴が会場をどよめかせる。
「お静かに。ここは貴族の交流の場。獣がいていいような場所じゃない。」
「ランズ、貴様。裏切りよったな!!」
声を荒げる姫の表情は、悲痛で胸が張り裂けそうになっているかのように、心の傷を表していた。
何故このような騒動に発展したのか。
遡ること半年前、ランズがとある農民村での一幕。
恋に憧れるただの農民娘、バン。そんな彼女が、通りすがりの王子に一目惚れをした。
だが、身分差は無常にも、彼女に現実を突きつける。
そんな彼女にも、転機が訪れた。彼女は、ひょんな事から貴族の執事を務めているという人に出会う。ランズだ。
「私が、あなたをお嬢様にして差し上げましょう。」
こうして、彼女とランズの物語、題して”下剋嬢”は始まった。
「でも、どうやってそんな事……」
「それは、”時”が過ぎれば分かりますよ。」
そして時は流れ、今、この時、この場所で、この物語の大一番が訪れようとしていた。
先程まで騒いでいた”姫”は、なんとか平常心を保ち、それでもなお、強い口調で問いかける。
「私が農民だなんて、冗談も甚だしいわ。それこそ、あの女が農民じゃなくって?」
指さしたのは、テーブルのワインを上品に飲む女性。そこには風情があり、それこそ貴族に相応しい。疑われる道理もない。
「お父様、お母様。早くあの獣を追い出してくださいまし。」
………彼女がどれだけ訴えても、誰も、彼女を助けようとはしなかった。
この駆け引きは、農民が”お嬢様”に成り変わる”奇策”である。また、遡ること4ヶ月前、彼女の両親のもとに一組の男女が訪れた。
「最近私達の養子に入った姫が、怠惰で困っている。」
時には癇癪を起こし、時には我儘で大金を浪費する。そんな噂を聴いたランズは、彼らに直接、ある提案をする事にした。
「では、この娘を養子にたて、その”姫”を追放するのはいかがでしょう?」
仮にも両親、少し悩む様子を見せたが、すぐに了承した。その顔には、哀楽を含んだ複雑な表情を映し出していた。
それを傍で見ていた”姫”は、興味なさげに景色を眺める。銀杏の織りなす綺麗な風景であった。
「何故、なぜ私はこんな目に………………」
彼女はとうとう抵抗しても無駄だと悟ったのか、この場から消え去り、そして、二度と帰ることはなかった。
”姫”は間も無くしてその座を降り、バンは農民から1貴族の”お嬢様”として君臨する。
今宵設けられたこの交流会は、元々バンを紹介するための会。そんな事も知らずに来た彼女は、今や1農民に成り下がる。
バンがそのあと、王子様と結ばれたのか、はたまた彼女のように追放されたのか。真相は、バンのみぞ知る。
ランズは、この功績を活かして…………何かを”計画”しているようだが、真相は未だわからない。
「なんで、私がこんな目に………」
トボトボと帰る田んぼ道、暗い表情に、”ある男”が話しかける。
「私が、”また”あなたをお嬢様にして差し上げましょう。」