だから言いましたでしょ
以前の初書きを多少修正して再投下
「だから言いましたでしょう。人の忠告はきちんと聞くべきですわ」
どこかで思っていたのかもしれない。
自分は特別なのだと。
幼少時も庇護を誘う人より整った容姿に愛でられ、大抵のわがままが叶えられた。もちろん、叶えられるものに限度はあったし、所詮は子どものわがままだ。たわいもないものばかりではあったが。
だが平民だと思っていた自分が実は貴族の血を引く庶子で、諸事情によって急遽子爵家へと引き取られたのをきっかけにそのわがままは肥大化した。
それもそうだ。元来、わがままを周囲からは微笑ましいと受け入れられてきた少女が、いきなりかつてと比べればはるかに贅沢で、そして華やかな世界の住人になったのだ。
しかも少女を引き取った父は己の才覚ではなく、彼女の可愛らしい容姿を上位の貴族と縁づくための駒としか見ていなかった。元から彼女と、彼女の母親に情があったわけでもない。引き取ったからと教育を一生懸命施すでもなく、ただ金に物を言わせ、ドレスや靴、装飾品を与え、人より優れている容姿をより見栄えさせることだけに力を注いだ。
だから勘違いをした。
貴族とはそういうものだと。
そんな少女が貴族の子息たちが通う学園に行けばどうなるか。
本来であれば、少女の勘違いを表立つことはなくとも嘲笑われ、爪弾きされただろう。だが不思議と平民の感覚を持ち続ける少女が面白いと思われたのか。彼女が15歳になって入学した学園で、彼女は気づけば高位と言われる貴族の子息たちに取り囲まれ、ちやほやされていた。
気の向くままに大きく口を開け、大きく声をあげて笑い、触りたいと思えば誰が相手であろうと距離を詰めて触れる。それは彼らのこれまでにはない感覚で、彼女の可愛らしい容貌もあって、より愛でる対象になったのかもしれない。
高位の、それも容姿も整った子息たちに囲まれ、彼女の自我はより悪いほうへと進んでしまったのだ。
「キャロライン様、みだりに婚約者のいらっしゃる男性に近づいてはなりません。安易に触れてもいけません。今、あなたのそばにいらっしゃる皆様方には幼少時から定められた婚約者がいるのです。適切な距離を保たねば」
「学園内では身分は問わずと言いますが、それでもここは小さな社交場でもあるのです。ある程度の身分は理解した上で交流をせねば」
「いずれは学園を卒業し、社交場へと出ていかねばならないのです。かつての感覚を引きずらず、貴族としての感覚を持たねば、これから先は大変になりますよ。彼らは安易にあなたを愛で、“いいよ”、“いいよ”とおっしゃるかもしれませんが、それで苦労するのはキャロライン様なのですから」
彼女の奔放さに顔をしかめ、小言ばかりを続ける少女たちの忠告は所詮、嫉妬だと無視をした。
結果、気づけば彼女は周囲から浮き、女性たちから距離を置かれたが、それもまた取り巻く男性たちへの苛められている同情の糧にした。
そしてある日、上級生であるエジャートン公爵令嬢のルイーサからの忠告を受け、勝ったと思ったのだ。ルイーサは2学年上の皇太子の婚約者という、ある意味、この学園内におけるヒエラルキーの頂点にいる女性だから。容姿端麗であり、学年でも上位成績を誇り、でも高飛車になることもなく優しいルイーサは、いつもの微笑みはどこへやら。憂いた表情でキャロラインへと問うたのだ。
「キャロライン様はご理解されているのかしら。彼らは婚約者がいる方々だと」
でもルイーサの口から出た言葉はこれまで散々彼女に忠告してきた女性たちと何ら変わることはなかった。だから、傲慢にも彼女は見下したのだ。
「婚約者がいたから何だというのですか。それに彼らが勝手に近づいてきただけで、私がどうこうしたわけじゃありません」
その言葉に小さくルイーサは小さくため息をついた。
「ねえ、理解されていて?
貴族社会を、そして貴族という存在を。高位にいけばいくほど、その思考は残酷なほど冷静であることを。確かに彼らにとってあなたは愛でる対象かもしれません。でもそれはあくまで愛でる対象でしかないことを」
「何を仰っているのですか?」
愛でる対象の何が問題なのか、怪訝な表情を浮かべるキャロラインに、ルイーサはさらに憂うつそうに首を振った。
「恋愛小説は所詮恋愛小説。現実にならないからこそ物語としてもてはやされるのです。それを理解しないといずれ学園での場所を、貴族社会での場所をも失いますよ」
それにキャロラインが何と返したのかは覚えていないものの、周囲の目線がどれだけ冷たくなろうが彼らがそばにいて、彼女をちやほやしてくれたので態度を改めなかったのは確かだ。
彼女の態度を許して、甘やかして、愛でて。
その愛でられる意味を改めて知ったのは、学園の卒業パーティーに出席しようとしたときだ。
卒業パーティーと銘打ってはいるものの、舞踏会と同じでパートナーを必要としたこのパーティーになぜか彼女は誰にも誘われなかった。彼女を取り巻いていた彼らは皆、自身の婚約者と腕を組み、静かに微笑み、貴族らしい立ち振舞いでそこにいたのである。
「……なんで、どうして」
フルフルと屈辱に身体を震わす。
彼らは彼女を可愛らしいと、そばにいると癒されると語ってきたではないのか。
なのになぜ、誰一人として彼女をパートナーとして誘うことなく、これまで散々悪口をいい続けてきた婚約者の隣で当たり前のように身を寄せ、とろけるような表情で微笑んでいるのだろうか。
パートナーがいない彼女は会場に入ることが出来ず、入り口でこれまで自分をちやほやしてきた男が婚約者と腕を組む姿を見て愕然としていた。
そこに入ろうとしていたルイーサが気づいて足を止め、皇太子に何かを囁くと一人近づいてきた。
「だから言いましたでしょう。キャロライン様は愛でるべき存在で、彼らにとっては自らが歩む世界のパートナーですらないのだと」
「……意味がわかりません」
「基本的に高位になればなるほど、婚約の自由はありません。ご存知だとは思いますが、貴族にとって結婚は政治であり、義務であり、その意味を皆幼少時からしっかり叩き込まれ、理解させられます」
そこに愛や恋が入る余地はないのだと。
もちろん、中には愛や恋を優先する貴族もいる。だが、自然とそういう考えの貴族たちは権力の中枢からは爪弾きされ、落ちぶれていくのだ。それを知っている彼らが、安易に可愛らしいからと自らの人生をふいにするだろうか。
「彼らの婚約者たちは何度も同じ忠告をしたはずです。彼女たちは自分たちの婚約者があなたをどう思っているのかを幼少時からの付き合いで知っていますから。そして、それに対してあなたがどう感じているのかも。
残念ながらお耳には届いていなかったようですが」
その結果が今ですと手にした扇で口元を隠し、でもあえて相手に届くよう深くため息をつくルイーサに、キャロラインの頬は羞恥に一気に赤らんだ。
「平民の感覚を持つことが悪いとは申しません。ただ、どの世界にもその世界なりのルールがあります。平民の世界もそうでしょう?
キャロライン様がすべきだったのは貴族社会を安易に否定するのではなく、まずその貴族社会をきちんと理解した上で、平民感覚を活かしていくべきだったのではないでしょうか」
ただ否定をするだけは誰でも出来ますしねとキャロラインを見ていたルイーサは、促される視線に軽く頷くと、パートナーとして手を伸ばす皇太子へと歩みだした。
当然のように、ルイーサの隣を歩む皇太子の視線がキャロラインを見ることは一度としてなかった。そして腕を組んだ二人はキャロラインを振り返ることもなく、卒業パーティーが行われている華やかな会場へと入っていった。
貴族として光ある場所へと、キャロライン一人を残して。