第01話 医者に診せるために(サナの解決力)
つづきは、12時10分と、19時30分に公開予約しました。
楽しんでくだされば幸いです。
ワタシは、シャルロットです。 ホワイトウィング公爵家の第一令嬢です。 異世界にいる【もう一人のワタシ、サナ】のおかげで、愛しのダイチゼル王子と婚約できて、皇太子妃として幸せの絶頂にいました。
だから、浮かれてしまって油断して周囲に対する警戒心が通常よりも少しだけ、そう、ほんの少しだけ弱まってしまったと反省しているところです。
なぜ、反省しているかと言うとですね。
今は深夜2時で、ワタシの寝所で寝ているはずだったのですが、ワタシの目の前には、長剣を抜いてワタシに剣先を向けている若い男性がいるのです。
「声を出すな。 おとなしくしてくれていれば、危害を加えるつもりはない。」
「こんな夜遅くにレディの寝所に入って、剣先を向けておきながら、無理を言いますわね。
普通の令嬢ならば、大騒ぎですわよ。 怖くて声を出せない令嬢の方が多いでしょうけれど。」
「じゃあ、俺は幸運という訳だ。不幸中の幸いと喜んでおこう。」
「あなた、なかなか強いですわね。 こんな状況じゃなかったら、お手合わせをお願いしたいところですわ。」
「剣を習っているのか?意外だな。」
「ええ、昔の話です。6ヵ月くらいの短い間ですが、中路流の師範の娘と御縁がありましたので。」
「そうかでは気晴らしになるように相手をしよう。」
若い男性は、腰に差していた予備の剣を鞘に入れたまま、シャルロットに差し出した。
「いいんですの? わたしの剣技はなかなかのものでしてよ。」
「声を出すな。というこちらの要求を聞いてもらっているからな。 これくらいの御礼はしても良いと思っている。」
「そうですか? では、遠慮なく。」
わたしは、一礼をしてから、剣を抜こうとした。
「なんだ? その動きは?」
「これは殺し合いではなく、試合なのでしょう。
剣の道は礼に始まって礼に終わるものです。」
「そうなのか? では、俺もそうしよう。」
若い男性は、同じように礼を返してくれた。
「お願いします。わたしは強いですわよ。」
わたしは、中路真々子に習ったように、剣を氣で包んだ。今は気と書いているが、気の旧字、米食に由来することを意識することで剣氣の威力が増すのだ。
「ほう? 令嬢にしておくのがもったいないな。」
若い男性は、同じように、剣を氣で包んだ。
「まさか? これができるなんて?」
「俺も驚いているよ。できるやつに会ったのは初めてだ。 さあ、かかってこい。」
ワタシの会心の一撃があっさりと受け止められた。何度も何度も攻撃をしたが簡単に受け止められてしまった。そして、悔しいことにワタシの体力が先に尽きてしまった。相手をしている男性は汗ひとつかいていないのに・・・
「負けたわ。」
「納得してくれたようで何よりだ。
ダイチゼル王子が、王太子を辞退する気になるための人質だから、あなたの無事は約束する。」
「そんな? 辞退させて、どうするの?」
「さあな、俺は聞いていない。」
若い男性は、その後は沈黙したままだった。 ワタシがダイチゼル王子の足を引っ張るなんて、そんなの許せない。 でも、この男に敵う使い手は屋敷内にはいない。 いいえ、国中探しても見つからないと思う。
『こんなとき、サナならどうするのかしら?』
ふと天井を見上げると四角い窓の中に、サナの姿が見えた。 そして、サナと目が合った。 ワタシは、右手を伸ばした。 サナも左手を伸ばして応えてくれた。時空を超えて、ワタシの手のひらがサナの手のひらと重なった。
「もう一人のワタシ! チカラを貸して! ソーシャライズ サナ!」
「socialize」(別表記:ソーシャライズ)とは、社会的な交流を持つ、人間関係を築く、または他人と親しくなることを意味する英単語である。
https://www.weblio.jp/content/ソーシャライズ
◇
なんということでしょう。もう二度と入れ替わること無いと思っていたのですが、わたし=石田 紗菜は、シャルロットに呼ばれて、ゲームの中のワタシとふたたび入れ替わってしまったようです。 そして、目の前には2本の剣を腰に差した強そうな男性がワタシを見張っているではありませんか?
あのね、シャルロット? わたしは貴方と違って、か弱い学生なのですよ。 このような場面にワタシと入れ替わって、ワタシがなんの役に立つというのでしょう。 なにか過度の期待をされていませんか?
とは言え、入れ替わった瞬間にシャルロットの記憶を引き継いだワタシには入れ替わった理由がよーく分かりましたとも。 そうですか? あなたの剣技を持ってしても、軽くあしらわれて、良い稽古をつけてもらった形で終わったと。 あとは知力の勝負というか、交渉力や戦略勝負しか残されていないのですか? ワタシは有名な物語に出てくる軍師様ではないのですが、まあ、呼び出された以上、微力を尽くすことにしましょうか。 だけど、これだけは覚えておいてくださいね。 大きな貸しですから、貸し3つです。
「あなたは、なにを望むのですか?」
「聞いてどうする?」
目の前にいる男性は興味本位で聞きたいだけで、なにもしてくれない奴に話す気はないという表情をしていた。
「これは、交渉です。」
「交渉だと? 貴族様が俺のような平民とか? 笑えない冗談だな。」
「あなたの剣技は見事でした。ほれぼれするぐらいです。あなたのような立派な剣士とつながりを持ちたいと思う貴族は少なくないはずです。今までも多くの貴族からの誘いを断ってきたのでしょうが、それでも交渉してみたいと思ったのです。」
「それは、買いかぶりだな。今まで多くの騎士団の入団試験を受けたが、不合格だったからな。」
ワタシは、その答えを聞いて理解に苦しんだ。しばらく考えてから彼が落とされた理由が分かった。 その騎士団の責任者である団長たちは、自分の地位が脅かされると感じて、彼を不採用にしたのだ。なんともったいないことを。でも、まあ、剣技をたしなむ貴族は少ない。その中で彼のすごさを理解できる貴族は、現実世界で剣技を習ったシャルロットくらいでしょうね。
「そうでしたか? ところ変われば品かわると申します。 他の騎士団では不合格だとしても、ワタシの価値観では貴方は一流の剣士です。 なんとしても、味方に引き入れたいのですよ。」
「変わった令嬢だと思ったが、本当に変わっているな。だが、あきらめろ。」
「では、質問を変えます。 あなたが仕事を終えて得られるものは何ですか?」
「金だ。お貴族様は捨てるほど持っているから理解に苦しむだろうがな。」
「では、その金で手に入れようとしているものは何ですか?」
「医者だ。 妹を医者に診せるために金が要るんだ。」
「そうですか? それなら、急いだ方が良いのではありませんか?」
「ああ、その通りだ。夜明けまで、静かにしてくれれば、金をくれると約束してくれたからな。
お金をもらってすぐの朝に妹を医者に診せるつもりだ。」
「それまで待つのですか?」
「なにが言いたい? 俺を怒らせるな。 妹のことで叫びだしたくなる気持ちを抑えつけることが限界にきているのだ。」
「ワタシがあなたに提供できるもの、つまり、してあげられることが有ります。」
「聞くだけ聞いてやる。」
「この屋敷に寝泊まりしている医者、聖女、ワタシの護衛とともにあなたの家に行きます。」
「そんなことをして、何の得がある。」
「あなたの妹が治ったあとで構いません。 あなたの剣技をワタシのために役立ててください。
もちろん、お給料は払います。」
「そんな上手い話があるものか?」
「いいですか? もらえるか分からない金のために、明日の朝まで待つか?
いますぐ、わたしの屋敷の医者と聖女と共に帰って、あなたの妹を診せるか?
お好きな方を選びなさい。」
「そんなことを言って、俺をだますつもりだろう?」
「ワタシがあなたを騙したと判断したときは、その剣で私を斬れば良いでしょう。
あなたの邪魔をできるような護衛は、ワタシの屋敷にはいませんから。」
「信じてもいいのか?」
「ええ、御礼として、あなたの忠誠を売っていただきます。」
「妹を治してくれたなら、俺の忠誠を売ってやる。」
「交渉成立ですね。」
ワタシは、屋敷に寝泊まりしている医者と聖女、護衛をたたき起して、この男性の家に同行させた。
◇
男の家に入ると、妹が苦しんでいた。
「母さん、ミーユキの具合は?」
「イタール、さらに熱が上がって苦しそうなのよ。
このままでは、朝まで持たないかもしれない。」
「ミーユキ、お兄ちゃんだぞ。医者と聖女を連れてきたぞ。」
ワタシは、眠い目をこすっている医者と聖女の肩をつかんで、声を掛けた。
「いまこそ、あなたたちのちからが必要なのです。
起きてください。」
医者と聖女は、ワタシの悲痛な叫びで目を覚ましてくれた。 やはり、魂の叫びは伝わるものね。 なぜか、ふたりとも肩をさすっているが、治療を始める前の儀式のポーズなのかもしれない。
医者
「風邪のように見えるが、熱が高すぎる。
いつもより、強めの癒しの力をお願いします。」
聖女
「分かりました。 やってみます。」
聖女は、妹に向かって、両手を広げた。 昔のシャルロットも知らなかったようだが、左手から患者、患者から右手の方向に黄色い光を流しているのが見えた。 シャルロットの屋敷では、通常は仲が悪いと言われる医者と聖女が協力している。 それぞれが単独で治療するよりも効率が良いと理解できる精神的に余裕がある人格者たちだからだ。
『これで、ひと安心ね。』
と思っていたのだが、10分たっても妹は苦しんだままだ。
「イタールが医者と聖女を連れてきてくれたのに、ダメだなんて。」
「かあさん。まだ、あきらめたらダメだ。 きっと治してくれるよ。」
ワタシは、この世界のことは良く分からないのだが、妹の頭から感じる黒い靄というか黒い光が気になっていた。風邪によく似た症状で高熱で苦しむ。もしかして、マンガに出てきた【脳炎】ではないのか?それだったら、身体全体に治療の光を注いでも意味がないはすだ。 そうだとしたら、現代医学の薬であるアシなんとかが無いと治せない。
『でも、聖女の力が使えるなら、方法がある。』
ワタシは、医者と聖女に声を掛けた。
「お願いが有ります。聞いてくれますか?」
「お嬢様の望むように致します。」
「ワタシの力も残り少ないです。 お嬢様の希望通りのことが出来るかどうかは分かりません。それでも、ご期待には応えたいです。」
「ワタシも協力させてください。 おまじないにしか成らないかもしれませんが。」
「お嬢様のおっしゃる通りに聖女の力を使って欲しい。」
「どういたしましょうか?」
ワタシは、両手でリンゴを包み込むようなポーズをした。
「これくらいの大きさに聖女様の力を集めて欲しいのです。」
聖女は黄色い光を集めてくれた。
「こうでしょうか?」
『これなら行けるわ。』
とワタシは確信した。
「そのままの状態で、妹さんの頭の中に入れてあげてください。
そうです。もう少し下です。 もう少し右です。 そう、そこです。
そのまま続けてください。」
ワタシは、シャルロットの剣氣を聖女を経由することで妹さんへの治癒力に変換した。 妹の中の黒い靄というか黒い光が消えて、妹さんの苦しそうな息づかいが、穏やかな寝息に変わったのだった。
イタールは、あふれる涙を拭こうともせずに、わたしたちの方に向かって御礼を言った。
「ありがとう。 ありがとう。 俺に出来ることがあれば言ってくれ。」
◇
夜が明けた。 妹さんも目を開けた。
「母さん、兄さん、のどが渇いた。お腹が減った。」
家族3人は泣きながら抱き合った。 しばらくして、妹さんは言った。
「母さん、兄さん、心配かけてごめんね。」
家の扉が、ものすごい勢いで開けられた。 ダイチゼル王子が部下を連れて、息を荒げてやってきた。
「シャルロットは無事か?」
あれ? おかしいな? 屋敷を出る前に行き先を言ったんだけどな。あとから聞いた話では、屋敷に着く前に、ワタシがどこかに向かう姿を見たと聞いて、ワタシの屋敷に入らずにワタシのあとを追ったそうだ。
ダイチゼル王子は護衛たちと共に刺客を撃退していた。 人質のワタシがどうなってもいいのか?と刺客が脅したのが悪手だった。 ひとが良さそうな雰囲気からは想像が出来ないような気迫と素早さで、ダイチゼル王子は護衛が動くよりも早く、刺客を制圧したそうだ。 そう言えば、国境近くの辺境で修行していたのだったな、と思い出した。
オソラゼル王子とその取り巻きたちは、おとなしく幽閉されていれば良かったのだ。 逆転しようなどと無謀なことをした結果、僻地に追放された。 そこから逃げ出したと聞いたが、闇から闇へ消されたのだろう。 二度とワタシを人質に取ろうなどと考えないように。
ダイチゼル王子の暗黒面を見てしまって怖いと感じたが、ワタシへの愛情深さが現れたものだと思うし、愛するものを害そうとされたときに戦おうとしない男性はダメだと考えるので、良しとした。
ワタシを人質に取ろうとした悪者の人相について、ダイチゼル王子に聞かれたので、3人組の顔を隠した連中だったと説明した。 イタールについては、ワタシの評判を聞きつけて、妹を診て欲しいと頼みに来た時に、悪者を追い払ってくれたと説明した。 ダイチゼル王子と部下たちには申し訳ないが、見つかるわけがない悪者たちを探してもらおうと思った。 その後、無関係な3人組が貴族の屋敷で盗みを働こうとしたから捕まって犯人にされてしまったが、ワタシはなにも悪くない・・・ハズだ。
兄のイタールは、ワタシが推薦したこともあって、剣技の熟練度を正しく評価されて、ダイチゼル王子の護衛となった。 妹のミーユキは、ワタシの専属メイドになった。
イタールは、俺の忠誠を得るための人質か? 良い手だな?と被害妄想を持っていたが、ミーユキからシャルロット様にお仕えできることの喜びを毎日聞かされているうちに、ワタシのことだけは信じても良いかと思ってくれた様子だった。
これでワタシの役目も終わりそうだと思ったワタシは、シャルロットへの手紙を書くことにした。
「医者への税金の一環として、貧乏人でも週1回は医者に診てもらえる体制を作って欲しい。 お金を払えない人からは、労働で返してもらえ。 貧乏人に同情する必要は無いが、貧乏人を看る気がない医者が多いことを忘れないで欲しい。」
義理堅く、頭が良いシャルロットのことだから、ワタシへの借りを返すために、なにか良い手を考えて上手くやってくれるだろう。
第01話 終わり
【読者様へ】
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