街で見たもの
偽りの幸福という薬は依存性が高く危険なので、取り扱う際には主治医と患者を交えた面談を行うことにしている。素人目だがおばあさんはもう長くない。おばあさんやその家族もそれが分かっているようで、せめて最期は穏やかに過ごしたいということだった。
その日、あたしは依頼人と会うため、ウルに連れられておばあさんの家を訪れていた。今日は初めての投与だ。医師の同伴の中薬を使う。すると、あれだけ痛がっていたおばあさんは、すっと穏やかな顔になった。心配していた副作用も出ていないようで、あたしは肩の力が抜けた。
「この薬は一週間に一回だけ。悪用を防ぐため一週間に一回、あんたしか飲めないようにしておくから。効かなくなったら相談して」
そう言って薬を3本納品する。おばあさんとその家族はすごく喜んで、何度もお礼を言ってきた。あたしは恥ずかしくなって「そう」とそっけない返事しかできなかったけど。
その後、家族はウルに金貨5枚を支払った。ここから紹介料として金貨一枚ひかれた残りの金貨四枚があたしに入ってくる。紹介料を取られるのにウルを介す理由は、あたしは人とのやり取りが苦手だという理由と、危険な仕事を見分けるためだ。どちらかというと後者の理由が大きい。
あたしたちはおばあさんの家を後にした。たわいない話をしながら、街を歩く。
「お疲れさま」
「ウルこそ。いつもありがとね」
「それはこっちのセリフ。稼がせてもらってるしね」
「ならいいんだけど」
そんな話をしていると、くぅとお腹が鳴った。恥ずかしくて思わずお腹を押さえると、ウルは笑って言った。
「屋台が出てるから買い食いでもしよ?」
「そうね。疲れたから甘いものがいいわ」
「ヴァイスは疲れてなくても甘いもの食べるでしょ」
ウルはそう言いながら屋台を探す。クレープの屋台を見つけたようで、「クレープはどう?」と聞いてきた。「いいね」と同意すると、「私が買ってくるから、席取って待ってて」と頼まれた。
「分かった」と答えてウルと別れる。広場の端っこにちょうど小さなテーブルが開いていたので、そこに座ってぼんやりと周りを見ていた。少し暗くなっていて路地裏に近いからか、周りにはあまり人はいない。人酔いしやすいあたしには助かる。
ウルを待っていると、近くの路地裏からフロイツハイムが出てきたのが見えた。そばに豊満な体つきの女性を侍らせている。女は彼の腕にしなだれかかり、豊かな双丘を腕に押し付けている。次の瞬間、女があいつにキスをしたように見えた。
(……なによ、あいつ……)
ほらやっぱり。魔女の恋なんて叶わない。覚悟してた、分かってた。それなのに、あたしの目から涙がこぼれる。もうそんな光景を見たくなくて、あたしはその場から逃げ出した。
訳も分からずに走って、人気のないところでうずくまって泣きじゃくる。どれくらいそうしていたのか分からない。突然あたしの頭上から「ヴァイス」とあたしの名前を呼ぶ声がした。
顔をあげる。そこに立っていたのは、心配そうな表情をしたフィリップだった。
「どうしたんだ? こんなところで泣いて。ほら、ハンカチ」
彼は持っていたハンカチであたしの涙をぬぐう。誰にでもそんな風に接するの? もう諦めさせてよ。
「あたしの問題だから、ほっといてよ」
「嫌だ」
「恋人がいるのに、魔女になんかかまう暇ないでしょ。それとも何? 魔女は遊び相手にちょうどいいって?」
「恋人? 何の話だ?」
「さっきの人よ。キスしてたでしょ」
「してない。あの人は追っていた犯罪者の愛人だ。好きなのは、ヴァイスだけだ」
彼の言葉を聞いて、ひゅっと呼吸が止まる。
「嘘よ」
「嘘じゃないよ。初めて会った時から、ずっと好きだった」
「あたしは魔女よ。それに、真っ白で気持ち悪い姿をしているし」
「君は見ず知らずの人に手を差し伸べられる、心優しい善き魔女だろ。薬づくりにストイックなところも素敵だ。雪のように白い髪も、薔薇のような赤い瞳も、とても神秘的できれいだと思ってる」
彼はそう言って、あたしの髪にそっと口づけた。
「ヴァイス、もしよければ、僕と付き合ってほしい」
熱のこもった瞳でじっと見つめられる。全身がカッと熱くなって、思わず目をそらしてしまう。
「……いいわ。付き合ってあげる。ただし、浮気はやめて。他に好きな人が出来たら、振ってくれていいから」
「そんな日はきっと来ないよ。抱きしめてもいい?」
小さく頷くと、そっと包み込まれる。心臓がバクバクとうるさい。あたしは堪らなくなって、真っ赤になった顔を隠すように、彼の胸元に顔をうずめた。
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