素直じゃない魔女
フロイツハイムとの何度目かのお茶会の日。ウルのアドバイスで、あたしはいつもと違うことをすることにした。
作戦その一。だぼだぼの部屋着で会うのをやめた。それまでは薬づくり用のすり切れたローブで彼を出迎えていたが、これからは可愛らしいワンピースで出迎えるようになった。きれいな自分を見せるため、化粧もしてみることにした。自分で作った化粧水を使ってみると、お肌がぐっとつやつやになって気分が上がった。お化粧は気分をあげてくれるから、失恋した後もたまにやってみようかな、と思った。
めいっぱいおしゃれして、部屋もきれいにして。そうしてそわそわしながら彼を待つ。そろそろ来るかな、と思っていると、ドアベルがチリンと鳴る。あいつであることを確認して、扉を開ける。
「えっと、いらっしゃい」
そう声をかけると、彼は「すごくかわいい。ところで、もしかして出かける予定があった?」と聞いてきた。
「ちょっとした心境の変化。虫が入ってきちゃうから、早く入って」
あたしはそういって、彼を部屋に招き入れる。彼は「分かった。あ、これ、今日の手土産。アップルパイっていうんだ」とケーキの箱を差し出してきた。
「そう」
彼は優しく微笑む。やっぱり直視できずに、目をそらしてしまう。箱を受け取ろうとした時、指が軽く触れてしまった。たったそれだけで、動揺してしまう。
「お皿とお茶用意してくるわ」
ごまかすように台所へ引っ込む。薬草茶を蒸らしている間に気持ちを落ち着けた。
「えっと、冷静に、冷静に……」
深呼吸すると、少し気持ちが落ち着いた。「よし、」と小さくつぶやいて、リビングに戻る。
「遅くなってごめん。食べましょ」
そういってパイを取り分ける。小さめのかごのようになっているパイの器に、薔薇を模したリンゴが飾られていた。
「すごい……。とってもきれい……」
「だろ。以前見かけてすごいと思ったから買ってきた」
そっとフォークを淹れると、柔らかくなったリンゴが崩れる。そのままカスタードクリームごと口に持って行くと、リンゴの甘みと酸味が口いっぱいに広がった。
「すごい、美味しい」
「喜んでくれてよかったよ」
フォークが止まらない。しばらくパイを堪能していると、「ヴァイス」と名前を呼ばれた。
「なに?」
顔をあげる。すると、「付いてる」という言葉とともに指が伸びてきて、あたしの頬を拭った。彼はそのまま、指についたカスタードクリームをなめる。
「様子が変だけど、どうしたの?」
「なんでもない」
「そう? それならいいんだけど」
彼はにやにやと笑う。気持ちを自覚する前も、何度かこんなことをされた。その時は何とも思わなかったのに、今は心臓がバックバクだ。もうパイの味が分からない。緊張しながらなんとか食べ終わる。べたつく口の中を薬草茶で洗い流した。
(……言うぞ……、がんばれ、がんばれあたし)
大きく深呼吸をして、「えっと」と声をかける。どうしたの? と笑う彼の顔を見て、勇気を出して口を開いた。
「フィリップは今日の薬草茶、口にあった?」
作戦その二。名前で呼んでみる。呼び方ひとつなのにものすごく勇気がいった。ドキドキしながら彼の言葉を待つ。
「旨かった。ありがとう」
「口に合ったのならよかったのだけど……」
反応はいつもと変わらない。空振りか、と肩を落としていると、彼は笑顔で言った。
「もしかして、名前で呼んでくれた?」
「え、ええ、そうね」
「すごくうれしい。これからも名前で呼んでほしいんだけどいいかな」
彼の言葉に頷く。するとフィリップは「ありがとう」ととろけるような笑みを浮かべた。
お茶も飲み切ってゆっくりしたら、そろそろフィリップが帰る時間になった。名残惜しい気持ちを押し殺して、彼を見送る。
「それじゃあ、また」
「ええ、そうね。……次は、いつ来るの?」
「来週もいつも通り同じ曜日かな」
「そ、そう。……楽しみにしてる」
「そっか」
あたしの言葉を聞いて、彼は笑う。恥ずかしさで何も言えなくなっていると、「また来るから」と言って家を後にした。彼が出て行ったのを確認した後、あたしはドアの前に座り込む。
「……全然素直になれなかった」
作戦その三、素直になる。大失敗。
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